イマルークを継ぐ者・新春企画

源氏物語(みたいな) その3


  あの帝を敵に回して、本当に実の親だろうがなんだろうが、自分の胃が持つはずがない。
 光源氏(ラン)はいっそここから逃げ出してしまおうかと、惟光(カタデイナーゼ)に洩らす。
 まだ剣なりなんなり持って、盗賊とか追いまわしている方がよっぽど楽だ。
 だが、惟光(カタデイナーゼ)は「ははは」と笑い飛ばした。
「もったいないぜ。せっかく帝の息子にうまれてきたんだろー。臣下だっていっても、おめーは大抵のことやっても許されるんだからよぉ。もっと楽しめよ。
 そんな辛気くせぇこと言っててもよ、本当に出家した奴らと話せば気が変わるって。
 出家したら暗くなるぜ〜。坊主頭だぜ? しかもかわいい女の子にあったってさ、口説いただけで罪になっちまうし。
 んな、暗い坊主紹介してやっからよ。そいつに会って気分切り替えろや?」
 光源氏(ラン)は惟光(カタデイナーゼ)の説得力のあるようなないような話に乗ってみることにした。まぁ、散々な人生だ。もうちょっと考える時間を増やしたところでどうってことないだろう。
 北山を過ぎたところ、この田舎には珍しい趣のある館を発見した。
「おい、見てみろよ。ここ穴が開いてるぜ」
「やめろよ。失礼だろ」
「って言ったって見てみたいんだろ。我慢すんなよ。だから胃が痛くなるんだぜ」
 惟光(カタデイナーゼ)に半ば押される様にして光源氏(ラン)はその隙間を覗きこんで、館の様子を伺う。
「犬君を泣かせたのは誰?」
 落ちついた声が響いてきた。縁側に座った上品な老女。彼女の視線の先に居る小さな少女は、きつい瞳を輝かせてはきはきした声で主張する。
「私がせっかく捕らえた雀を、逃がしてしまったんだ。鈍臭いなと本当のことを私は言っただけだ。別に泣かせようと思ったわけじゃない」
「貴方は正直に物を言いすぎます」
 光源氏(ラン)はふとその少女に目をやった。
 意志の強い瞳に引き寄せられた。
「本当に、こんな田舎でこんなお転婆に育って。貴方の行く末が心配だわ」
「心配しなくてもいいぞ、おばあちゃま。私には才覚がある。男どもに養われなくとも1人で生きていく自信はある。父みたいな能無しでもやっていける世の中だろ」
「こら、ラスメイ。本当のことを言ってはいけません」
「ほら、おばあちゃまだってそう思ってるんじゃないか」
「そうだねぇ。ついつい本音が出てしまうねぇ」
「おかしなおばあちゃま。なのに私には言っちゃ駄目というんだからな」
「ほほほほ」
 なんていう家族だ……。光源氏(ラン)はその場から離れようとかがめていた腰をあげた。と、惟光(カタデイナーゼ)がふっと企んだような笑みを見せる。
「何考えてるんだ」
「あの娘、絶対美人になるぜ。7年後だな」
「は?」
 光源氏(ラン)にはときどきこの男がわからなくなるときがある。
「いや、絶対美人になる。俺が保証する! ランもそう思うだろ?」
 確かに目鼻立ちは整っている。それよりも惹きつけられるのはその意志の強い瞳だ。
「まぁな」
「なっ。決定! ひきとって帰ろうぜ」
「なんでそうなるんだ。飛躍し過ぎだろ」
「そうしないと話が進まないんだよ。よく考えて見ろよ。お前さ、押しが弱い弱いって言ったけどさ、最近押しすぎなんだよ。ここでちょっと引いてだな、少し焼きもちやかすぐらいしなきゃな」
「まぁ、その意見は百歩譲って受け入れるとしてもだ。なんであの子を引き取らなくちゃならないんだよ」
「いや、そのほうがインパクトあるじゃん。
 それにさ、お前も可愛そうだとおもわねぇ? あんなかわいい子がここに埋もれて行くんだぞ。うまくいきゃあ、宮中で仕事とかしてさ、キャリアウーマンの道も開けるのにさ。
 ほら、頭の良さそうなこじゃねぇか。な?」
「……お前、もしかしてあの子を見せるために俺をここまでひっぱり出したんじゃぁ」
「何言ってんだよ。そんな用意周到なことを俺がやると思うか?」
「藤壺の宮の件もあるしな……」
「そりゃ勢いってやつよ。
 っつか、俺は今、あの子のこと話してんだぜ?
 かわいそうだとおもねぇの? なぁ、お前恵まれてんだから、子供の1人や二人引き取れるだろ。本当の子供はいねぇんだから」
「そりゃかわいそうだとは思うけど、お前の言ってることはどう考えても無茶苦茶だろ」
「ちょっと待ってろ。交渉してきてやるよ」
 そう言って惟光(カタデイナーゼ)は意気揚揚と館に入って行った。
「おい」
 止めようとしても無駄だ。最近めっきりと周囲の押しに弱くなってしまった光源氏(ラン)はその場に座りこんでしまった。
 しばらくして垣根の向こうから聞こえる楽しげな笑い声。
「うまくいきましたか、惟光殿」
「主人は単純っすからね。まぁおまかせください」
 光源氏(ラン)は膝を抱えてしまう。
「つつぬけだぞ……」
 というよりも聞かせているとしか思えない。
(俺、何しに来たんだろ……)
 見上げると空は透き通るように蒼く、ますます彼の心を閉めつけるのであった。



「あなたがランか」
 ふと自分の視界に影が落ちてきて、光源氏(ラン)は疲れた目を上げた。するとそこにはキラキラと目を輝かせた少女が居た。後ろに控えるようにして立っているのは惟光(カタデイナーゼ)だ。してやったりという顔で笑っている。
「そうだ」
 やれやれと立ちあがると、少女はにっこりと微笑んだ。
「私はジェラスメイン。ラスメイ、または若紫とでも呼んでくれ。なにやら私の力が必要だと聞いた。精一杯お助けしようと思う。私は私の力を必要としてくれる人に会いたかったんだ」
 なにやら話の流れが違う。
 養子にするとか引き取るとかそういう話じゃないかったのか。惟光(カタデイナーゼ)をみるそっぽを向き、しらじらしく口笛など吹いている。
「あ、あぁ……」
 きらきらと期待に満ちた瞳で見上げられると、いつまでも疲れた顔をしているわけにもいかない。出来るだけ力強く微笑んだ。
「俺の屋敷に一先ず迎えることになると思うけど、いいか?」
「どこへでも。それでそこが拠点になるんだな?」
「……拠点?」
 ぐっと小さな拳を握り締めて、若紫(ラスメイ)は一層瞳を輝かせた。
「朝廷を牛耳る悪を退けるとか聞いたぞ?」
「朝廷を牛耳る悪……」
 さすがに光源氏(ラン)は惟光(カタデイナーゼ)を睨みつける。
「ナーゼ! お前!」
「いやー、なんかそういう方向で盛り上がっちゃってさぁ……」
「さすが! 徹底してるな」
 若紫(ラスメイ)は感激したように二人の対峙に割りこんでくる。
「そのときが来るまでは、ランはそういうそぶりを隠すだろうとナーゼは言っていたぞ。それには1番信頼しているナーゼとも喧嘩するふりをすると。
 いや、私があまりにも短慮すぎた。わたしもそのときになるまでは、ランの……うーん、何がいい。養女ではあまりにも年が……」
「恋人ということにしとけよ」
 惟光がそう囁く。惟光(カタデイナーゼ)、と止めてから、光源氏(ラン)は少女を見下ろした。こいつの戯言だ、もっと他に義理の妹とか……と言いかけて言葉を止めた。
 若紫(ラスメイ)は少しその頬を赤らめて、光源氏(ラン)を見上げていたのだ。さきほどまで溌剌としていて、刺々しささえ持っていた印象が、ぐっと優しくなった。
 両手を握り締めて、えっと……などと戸惑う少女を見ていると、光源氏(ラン)の心にも何か優しさというものを取り戻せるような気がした。
(こうしていると年齢相応にかわいらしく見えるな)
 光源氏(ラン)はふっと微笑んで、しゃがみこむ。視線の高さを同じくして、若紫(ラスメイ)に語りかけた。
「つまらぬ噂を流す奴も居るだろうけど、兄妹みたいになれたらいいな。
 あまり頼りにならない兄だと思うけど、一緒に来るか?」
 すると若紫(ラスメイ)は、にっこりと微笑んだ。
「うん」
「よし」
 光源氏(ラン)は笑った。こんな妹が出来ては、出家している場合ではない。帝の誤解はおいおい解いていけばいい。
 六条の御息所……はもっと大変だろうがなんとかなるだろう。葵上には明日話すか……。
「いつでも私の知識で良ければ貸すからな」
 空を見つめて少し考えている様子を見せる光源氏(ラン)に若紫(ラスメイ)はそういった。
「これまでいろんな書物を読んできたんだ。万葉集は全部覚えた」
「いいたしなみだ」
 褒めると若紫は嬉しそうに光源氏(ラン)を見上げる。
「それからな四書五経はもちろん、韓非子だろ、諸葛兵法だろ、それから六韜・三略!」
 と言ってそらんじ初めたこの少女を、光源氏(ラン)は空恐ろしい気分で見つめてしまったのだった。
「な、ただものじゃないだろ」
 惟光(カタデイナーゼ)が自慢そうに言うのを光源氏(ラン)はにらみつける。
「お前は純粋に可愛いからと思ってただろ。あわよくば、成長してから手を出すぐらいは考えてたはずだ」
「そんなこと考えてるのか、ラン!」
「俺じゃなくてお前がだっ」
「考えなきゃそういう発想はできないだろ。あー、なんだかこのカタデイナーゼ様の教育がようやく生きてきたかなぁ。
 うんうん、感慨深いぜ」
 ぎゅっと自分の右手を握り締めて、楽しそうについてくる若紫(ラスメイ)を振りかえる。
 目が会うとにっこりと笑う。たとえ口ずさんでいるのが六韜・三略であろうと、そういう表情はかわいらしい。
「ラン」
「なんだ」
「やめとけ」
「何を」
「マザコンだけじゃなくてロリコン……」
「んなこと考えるか!」
 惟光(カタデイナーゼ)の横面を殴りつけると、若紫(ラスメイ)は楽しそうに二人を見つめる。
「今のも演技か?」
 そう言ってきらきらとした目で見上げられると、ひきつった笑顔を返すしかない。
「ま、でも頭のいい子でよかったじゃん。お前も仕事、手伝ってもらえば?」
 惟光(カタデイナーゼ)がそう言うのに、光源氏(ラン)は冷ややかな視線を返す。
「じゃ、お前もお払い箱だな」
 惟光(カタデイナーゼ)の不満の声の裏で、彼は溜息混じりに呟いた。
「……兵法なんていつ使うんだよ……」
  


「あら、久しぶりね。もう来ないと思ってたんだけど」
 葵上(エノリア)は少し冷めた目でこちらを見つめた。光源氏(ラン)は数ヶ月ぶりにであった彼女の前で、ああと一言呟いただけだった。
 彼女の部屋に入るのをためらって、縁側に突っ立っている。いつもなら何の躊躇もなく入る。けど、何故かそれが出来なかった。
 久しぶりに会ったからだろうか。光源氏(ラン)は立ったまま葵上(エノリア)を見る。気の強そうな目が怪訝そうにこちらを見た。
「どうしたの」
「少しの間、北山の方に行って来た」
「ええ、なんとなく話は聞いてたわ。そのまま出家するかもっていう話もね」
「そこで1人の女の子と会った。身よりもないって言うから、引き取ることにした」
「……そう。優しいのね」
 葵上(エノリア)はそう呟くと視線をそらす。扇を唇に寄せてしばらく黙っていた。光源氏(ラン)は視線を落とす。
 沈黙はしばらく続いた。視線を落としたままの彼を、葵上(エノリア)がちらりと見る。
「入ったら?」
「いいのか」
「いいわよ。別に……」
 光源氏(ラン)はすこしおどおどとしながら部屋に入り、葵上の近くに座った。ゆっくりと扇をあおぎながら、葵上(エノリア)は光源氏(ラン)を見つめる。
「どうして、そんな話を? その話をしに来たの?」
「そう。今日はそれだけ伝えようと思って」
「で、その真意は?」
「真意?」
 葵上(エノリア)の言葉には硬い響きがある。冷たさとはまた違う響きだった。ようやく顔を上げると、葵上(エノリア)は扇をぱちっと閉じてこちらを真剣な瞳で見つめていた。
 その目から涙が零れ落ちるかと思って、光源氏(ラン)は片膝を立てて身を乗り出した。
「エノリア」
「そうよ。私はその話の真意が聞きたいわ。数ヶ月間放っておいて、ようやく顔を見せたと思ったらそんな話。
 はっきりと言ったらどう?
 私は……別に困らないわ」
「ちょっと待てよ。真意って言われても俺には」
「しらばっくれなくてもいいの!
 その女の子を自分の北の方にしたいってところでしょ? だから別れたいとかそういう話じゃないの?
 だからわざわざ来たんじゃないの? 別にいいわよ、私は。私だってあんたを利用しようとしてたわけだから……。別に」
 光源氏(ラン)はあっけにとられてしまう。目の前の葵上(エノリア)は言葉とは裏腹に今にも泣きそうな顔をしていた。
 こんな人だっただろうか。
 もっと芯の強い印象があった。いつも胸を張って、遠慮なく物を言って。ときには腹のたつこともあったけれども。
 だけど本当は……。
 光源氏(ラン)はふと笑みを浮かべる。
「そんなんじゃない」
「笑わないでよ。何がおかしいのよ」
「そういうことじゃない。エノリア、俺は……」
 やっと目の前の女性が、本当に自分の側にいるような気がしていた。
「俺は、お前にちゃんと言いたくて来たんだ。
 その内、きっとそういう噂が流れると思ったからな。そういう噂で聞かせたくなかったから。
 他人の言葉じゃなくて、自分の言葉で……。。
 お前にだけは、誤解されたくないから」
 静かにそう言えた。心の底からわかって欲しいと思いながら。
 葵上(エノリア)はこちらを見つめた。大きく開いた目が潤んでいて、またそれが愛しいと素直に思える自分に驚く。
「それって……」
 言葉以上に目が語る。光源氏(ラン)は頷いた。
 置かれた彼女の手に自分の手を重ねる。
「俺はお前の兄みたいに器用なことはできない。文とかも満足いくようなものは出せないかもしれない。帝の不興を買ったから、出世もままならないかもしれない。けど」
 顔を上げる。こちらを一生懸命に見つめる二つの瞳。視線を合わせる。
「俺は、お前を……」



『楽しそうですね。ランさん』
 背中を寒いものが通り抜けて行って、光源氏(ラン)は背後を振りかえった。そこには……。
「ナキシスさん……」
 いるはずのない彼女がそこに。しかも、その身体は透けていて後ろの調度品の輪郭が見えていた。
『エノリア。昨日はどうも』
 うっすらと唇を歪めて六条御息所(ナキシス)は光源氏(ラン)の後ろにいた葵上(エノリア)に語りかける。
(昨日?)
 そう思って振りかえる光源氏(ラン)の目に映ったのは、すっくと立ちあがり六条御息所(ナキシス)に対峙している自分の妻だった。
「執念深い人ね。生霊になって現れるなんて」
 昨日何があった? ……自分の記憶を探ってはたと思い出した。祭りだ。大きな祭りで……牛車を置く場所を巡ってちょっとしたいざこざがあったと聞いている。
『昨日の無礼だけではありません。前から、気に入らなかっただけのこと』
「だから私には身に覚えはないって言ってるじゃない」
『……そう。とくに意味はないですから。ただあなたが生きているというだけで不快なのです』
「ほんっとわけわからない人! 理由をいいなさいよ」
『……うらめしいだけ。貴方にはあって私にはないのが』
「何それ? ……もしかして、この人のこと?」
 光源氏(ラン)は、はたと顔を上げた。話題に自分が出てきた。六条御息所(ナキシス)の半透明になった顔を見つめる。彼女はしばらくこちらを見下ろしていた。だがおもいっきりかぶりを振る。
『違います。こんな人どうでもいいのです』
 ずしっと何か重いものを感じたのは気のせいだろうかと、光源氏(ラン)は胸に手をあてた。
「中途半端に誘惑して、噂あおってよく言うわよね」
『貴方に幸せになる資格はありませんから』
「資格なんて私が決めるわ! じゃあ、何よ。何の話よ」
『あの方に文を幾通ももらっておきながら、こんな男と結婚するなど。あの方への侮辱にしかなりません』
「文? あの方?」
『差し出し人はこの人になっておりましたけれど。あの筆跡は間違いなくあの方です』
「文って……この駄作……?」
 いや、それは最近俺が贈った奴で……。おそらくもっと前のやつのことを言っているんだろうなぁ……。多分俺が結婚する前に帝(セアラ)が葵上に代筆で送ってたやつだよなぁ。
 とどこか悲しい思いを抱きながら光源氏(ラン)は葵上の手にある文の束を見つめてしまった。
『なのにこんな甲斐性のない男と結婚してあの方を侮辱するなどと』
「あんたの言ってることはわけわかんないわねぇ……。 生霊じゃなくてちゃんと実体でここに来なさいよ! いくらでも相手になってあげるわ!」
 それよりもいくらあの人でも筆跡は真似て送っていたはずなのだ。それを帝(セアラ)のものだと見ぬく六条御息所(ナキシス)って……。と冷たい横顔を思わず観察してしまう。
(というよりも、どこでその手紙を手に入れたんだろう)
 考えれば考えるほど空恐ろしい可能性を思いつきつつ、光源氏(ラン)は繰り広げられる女の戦いを目の前に呆然としてしまっていた。彼女達の目に自分は映っていない。
「お前ら、少し落ちついて」
「うっさいわね! 黙ってなさいよ!」
『そうです。貴方には関係ないことです』
 その輪から簡単に弾き飛ばされて、光源氏(ラン)は少し離れたところに座りこんだ。
 しかし……。
 と葵上(エノリア)の近くに落ちている文の束を見て少し笑った。
(きちんと取っておいてくれているとは)
 この自体の中、笑ってしまう自分が不謹慎のような気がしたが、それでも笑みはこぼれてしまう。

 蒼天の下、藤の花が美しく咲き誇る季節だった。

 

 最後までありがとうございました。まぁついでにおまけもお楽しみいただけると嬉しいです……。お疲れ様でした。