イマルークを継ぐ者・新春企画

源氏物語(みたいな) その1


 ある帝(セアラ)の御代、その寵愛を一心に受けた桐壺の更衣が玉の様に愛らしい男の御子をお生みになった。一層帝(セアラ)はこの桐壺の更衣と皇子を愛し、それが周りの妃たちの嫉妬を買う。とくに第1皇子(ゼアルーク)をお産みになった弘徽殿の女御がねちねちとこの桐壺の女御をいじめるので、とうとう桐壺の女御はおなくなりになってしまわれた。
 残されたこの御子(ラン)、光の君とか言われて帝におかれては目に入れてもいたくない可愛がりよう。怒り顔が愛らしいと暇さえあれば突ついていじめて反感をわざと買う可愛がりよう。
「ああ、ラン。こっちにおいで、お前の新しいお母さんを紹介するよ」
 ある日帝(セアラ)は彼を呼び寄せた。
「新しいお母さんって、あんた何人、嫁さんもらったら気が済むんだよ」
 愛らしい光の君(ラン)のすねたような(あくまで帝視点で)この台詞に、帝(セアラ)は満足して頷いた。
「これも帝の勤めのうちだよ、ラン。それに君の様に愛らしい息子をもうけることが私の楽しみの一つだからね。それにさぁ、君はさ、もうすぐ元服して、私の臣下になっちゃうからね。手元に君みたいな可愛い息子、欲しいしなぁ。ゼアルークはさ、いまいち面白みに欠けるっていうか。んまぁ、あれはあれでかわいいんだけど」
「えっ、ここから出ていくの、俺」
 思わず目をキラキラと輝かす光の君(ラン)に、帝(セアラ)はにっこりと微笑んだ。
「うん。明後日元服式するから」
「明後日だと?」
 急過ぎる。出て行くのは嬉しいがと少し焦りを見せた光の君(ラン)に帝(セアラ)はますます嬉しそうににんまりと笑った。
「んでもって、結婚」
「……結婚? って待て。そんなこと一言も聞いてねぇって」
「もう決まっちゃってるから」
「普通本人に言うだろ!」
「だって、君きっと嫌だって言うもん。ほら、左大臣の娘。ね、後ろ盾もない甲斐性もない財産もない君にはとっておきの縁談だと思わないかい?」
「甲斐性もないは余計だ!」
 と怒鳴りつつ光の君(ラン)は頭を抑えた。
「左大臣の娘って……」
 光の君(ラン)の顔から血の気がひく。
 噂には聞いている。左大臣の娘は大変美人だと。だがしかし……気は強く独身を貫くとか宣言して廻って、左大臣も頭を抱え込んでいるという……。
「葵上(エノリア)じゃあ」
「うん」
 突然結婚を決められたのはあっちもそうだろう。怒り狂う姿が目に浮かぶ……(後ろ姿で、ではあるが)。
「ちょっとまった。ほら、結婚って言っても。まず最初は文とか贈ったほうがいいんだろ? それからでも遅くないって!」
「あ、贈っておいたから。わりと前から」
「……あんたが?」
「そう。なんていうかなぁ。若い子と文のやりとりって楽しいよねぇ。君のレベルで歌贈っておいたけど、見事な罵詈雑言が帰ってきてねぇ。いやー、私はあんな言葉返されるの初めてだから、新鮮だったなぁ……」
「待て。どんな文、贈ったんだ」
「聞きたい?」
「参考に」
「……」
 帝はしばらく真剣な顔をして光の君(ラン)を見つめていたが、ふいっと顔をそらした。
「あ、そそ、君の新しいお母さん。藤壺ちゃん(エノーリア)」
「話を変えんなっ!」
 帝がぱちんと合図をするように扇を鳴らすと、しずしずと入ってくる気配。
 光の君(ラン)ははっと顔を上げた。
 優しげな瞳、うっすらと紅を差した頬に、形のよい唇。
 彼女は微笑んだ。ふっと微笑むとまるで光が差すようで……。今までこの宮で幾人もの美しい女性を見てきた。みなそれぞれの美しさを持っている。だが、彼女の美しさは、優しさはこれまで感じたことのないもので。
「桐壺に似ているんだよ」
 囁く帝(セアラ)の声までが、今までとは違う趣だった。彼女を見る瞳は懐かしそうに細められる。
「母……に」
「光の君、とおよびしていいのでしょうか」
 藤壺の宮(エノーリア)の声は、まるで春の日差しのようだ。桜の薄い紅色がきっとこの人には似合うだろう。
「仲良くしてくださいませね」
「……は……い」
 光の君(ラン)はこの美しい女性をぼうっと見つめていた。暖かなこの感情をなんと言うのだろうか。
 ふと気づけば帝(セアラ)がこちらをじっと見ている。
「ランちゃん。ちょっとおいで」
 藤壺(エノーリア)に下がるように優しく言ってから、帝(セアラ)は彼を手元に呼び寄せた。
「なんだよ」
 そのなんでもお見通しというような視線に、ランはどぎまぎとしてしまう。帝(セアラ)は彼の頭を優しく2度撫でる。この感覚は……まだまだ小さかったころよく感じていた。
 泣くのを我慢していて、こうされると、何故か涙が出てきて……。わんわんと声をあげて泣いた。
 懐かしい。
 光の君(ラン)が顔を上げて帝を見ると、優しい目をしたまま彼は少し首を傾げた。
「マザコン?」
「うっさい!」
 三日後、帝(セアラ)はこの皇子(ラン)を臣下とし源の姓を賜った。



「ランはどんな女の子が好み?」
 頭中将(ミラール)は光源氏(ラン)の義理の兄となる。葵上(エノリア)にもとに一応は通う光源氏(ラン)だったが、いつも喧嘩してしまうのであった。みかねた頭中将(ミラール)がこうやって話しかけてくるのも無理はない。
「いろいろとね、話は聞いてるんだ。ランが、六条御息所のとこに通ってるとかさ」
「ちょっとまて、そんな噂どこから」
「みんな知ってるよ」
「……俺は、帝(セアラ)に言われて届け物してるそれから……」
「通ってんでしょ?」
「まぁ、お一人でつまらないとおっしゃるので、しばらくいて話相手してるだけのはずだったんだけど……」
 頭中将は分かっているのか分かっていないのか、クスクスと笑った。
「いいんだよ、1度や2度や3度や4度、あることだって」
「……あるのか」
「んで、好みのタイプって?」
「……別にないよ」
 ふとあの人を思い出した。桜の花といっしょに、穏やかな微笑を。
「うちの妹は好みのタイプじゃないのかなぁ」
「……それは……」
 光源氏(ラン)はそう言って黙りこくってしまった。正直言うと、そうでもない。正直ではっきりと物を言う。それには好感さえ持っている。まっすぐに自分を見つめ、帝の息子ということに遠慮しない。そのやりとりは嫌いじゃなかった。
 ただ、夫婦といわれてもぴんと来ないだけで。
「まぁ、なんとなく君の気持ちはわかるけどね。エノリアも素直じゃないからなぁ」
「俺はあいつのことは全然!」
「あいつね」
 頭中将がおかしそうに唇を抑える。
「あいつかぁ。なぁんだ、仲いいんだ」
「べっつに!」
「っていうか、結婚してる仲なんだからさ。別に仲いいのごまかさなくてもいいと思うよ? むしろ仲良くしてください。うちの親だって孫見るの楽しみにしてるんだから。僕も甥か姪、ほしいなぁ」
「まご……」
「三夜通って結婚して、しら切るのやめてほしいな」
「そ、そそそうじゃなくて。って、お前はどうなんだよ。俺よりお前の子供の方だって喜ばれるだろ」
「僕? 僕ね……。うちの北の方きついから。僕の好きな人、追い出しちゃったんだ。優しくて大人しい子だったからね、耐えられなかったんだろうな。
 娘も居たんだけど、一緒に出ていったきりなんだよ。すっごいかわいい子だったのに……」
「お前も苦労してんだな……」
「そうなんだよね」
 お互いに顔を合わせて頷き会う二人。
「彼女と娘が見つかったら、今度こそ守りたいな。かわいい娘。誰にもお嫁になんかいかせないんだ。僕がとびっきりの相手を探してあげる。だから、ラン、手を出さないでね」
 真剣にこちらを見つめる頭中将に、ランは思わず吹き出してしまった。
「出さないよ。俺も北の方、怖いから」
 しかしこの中将の好きな人が大人しくてやさしいとは……。葵上(エノリア)とは正反対だ。
(ずっと一緒に住んでた反動だろうな……)
 などと思いながら光源氏(ラン)はふと視線を庭にやる。池に映った月がゆらゆらと揺れていた。
 本当に好きな人。
 思い浮かべるのは彼女の顔……藤壺の宮(エノーリア)……。臣下となり2度と顔を合わせることができないから思い出すのか。それとも、やはり。
(マザコンかな、俺……)



「誰のことをお考えですか」
 冷たい響きの言葉に、光源氏(ラン)は我に返った。
「いや、誰というわけでも」
 その冷たい響きに何か後ろめたさを感じながら、光源氏(ラン)は思わずそう誤魔化してしまう。
「そうですか。……わたくし、てっきり他の女性のことかと」
 六条御息所(ナキシス)は、そう言って扇で口元を隠す。
「そんなことじゃない」
「そんなこととおっしゃっても。……まぁ、貴方にはきちんとした北の方がいらっしゃるのですから、わたくしがこのように言うのもおかしいかもしれませんね」
 といって、六条御息所(ナキシス)はうっすらと笑った。
「どこがよろしいのか、私にはわかりませんが」
「ナキシス……さん」
「他人行儀な」
 唇だけ歪めて微笑む。背筋を冷たいものが走る。同時に何故か胃の辺りが熱くなって、キリキリと痛む。光源氏(ラン)は思わず立ちあがった。
「月でも一緒に見てきてはと惟光(カタデイナーゼ)に勧められたけど、帰るわ」
「美しい月は他の女性と眺められた方が楽しいでしょう」
 肩越しに振り帰ると、六条御息所(ナキシス)はその瞳を丸い月の出ている空に向けていた。
「次はいつ来られるのですか?」
「どうも体調が悪いし(本当)……」
「そうですね。来られない方がお互いのためかもしれません」
 そう言って彼女はふいっと視線をこちらへむけた。
「北の方を大切になさいませ……」
 そう言ってまた小さく笑む彼女に背中を向けて、光源氏(ラン)はその場を後にする。
「……エノリア……」
 小さく呟いて、彼女は爪を畳にひっかける。畳の目が爪に引っかかる音が、たった1人のこった部屋に……響いた。


っていうか、もう源氏がランな時点でかなりたいへんです。二股かける甲斐性はないぞ。きっと……。