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「『人』だよ。ナキシスは」
「だが、エノリアの方が圧倒的に光《リア》が!」
 セアラは薄く笑った。
「そうだね。だけど、ちゃんと『人』なんだよ。
 その光《リア》に少し干渉してしまったけれどね」
「干渉?」
「……この世界には、ずっと二人目の太陽の娘《リスタル》は存在したのさ」
 そう言ってセアラは目を細めた。笑っているようにも、悔やんでいるようにも、諦めているようにも見えた。
 ジェラスメインはそんな大魔術師を同じく目を細めて見る。
「少しの間、隠していただけ」
「……どこに」
 その問いにセアラは明確な答えを見せることはなかった。
「だから、ナキシスもエノリアも、どちらも本当に太陽の娘《リスタル》だよ。そうだね……、どちらがどうだと言われれば、君の選んだ方が本物なんだろうけど」
「エノリアが」
「だから、エノリアが王宮から出た方が、影響は強いのさ」
 セアラはここでジェラスメインから視線を外した。手元の小さな草を気ままに弄ぶ。
「闇《ゼク》が、強まるということか」
「違うね。罪の先にある闇《ゼク》が、強まるんだ」
「種《ジュラ》、か」
 ジェラスメインはミラールがそう言って倒れたことを思い出す。
「種《ジュラ》とミラールは関わっているんだな」
「あの子は、種《ジュラ》によって生かされている。そして、闇《ゼク》を回収する。あの子もランと同じく、この世界を保つための一つの手段だね。
 ランはイマルークのために生まれ、ミラールは私のために生まれた」
 ジェラスメインは瞬き一つせず、目の前の大魔術師を見つめた。非難をこめた視線に気付いてか気付かずか、セアラは口をゆがめ、ぶちりと、手の中の草を引きちぎった。
「ミラールの中の闇《ゼク》は解放されてしまったけどね。君も報告しただろう? 王に」
「……貴方は、ミラールとランを育ててきたんじゃないのか。
 ずっと一緒に暮らしてきたんじゃないのか」
「暮らしていたよ。家族みたいにね」
「だったらどうして!? 道具みたいに言えるんだ!?」
 ジェラスメインは抑えきれずに、言葉をたたきつける。
「私は、ミラールとランが羨ましかった。血はつながってないけど、あれだけ信頼しあえて、一緒に笑っていられて。
 貴方のことを語るときも、本当に大切に思いあっているんだと分かった!
 なのに、貴方は……。ミラールにもランにも」
「何もかもが、嘘なわけではないけどね」
 小さな笑みを湛えた唇で、セアラは呟く。もっと非難の言葉を続けようと息を吸い込んだジェラスメインを制するように、大魔術師は先に口を開いた。
「私はね……、待っていたんだ。
 ランが生まれてくるときを。
 レーヤルークのときよりも、もっと完全な形で、生まれてくるときを。ずぅっと。ずぅっとね。
 だけど、一方で望んでもいなかった。彼が生まれるということは、この世界が……意味のない存在になってしまうから」
 ジェラスメインは自分の喉を押さえた。カタデイナーゼの花の香りがどんどん強くなる。強くなればなるほど、胸が苦しい。
「完全な、形?」
「そう。完全な……イマルークの『器』として」
 ジェラスメインは息を吐き出した。むせるような咳をして、首を振る。苦しい。
「呪いと、望みの先で私は、どちらを優先させたら良いのか分からなくなったんだ。だから、賭けをすることにした。
 ランが何を選ぶかをね」
「賭け? 賭けだと!?
 あんたは、この世界を手のひらの上で転がすようなことを」
「そう。
 君達が望まなければ、そして、君達に会わなければ。
 この500年の間。誰とも触れ合わず、誰とも話さず、誰も愛さなければ」
 大魔術師は引きちぎった草を手のひらに載せ、ジェラスメインに突きつける。そして、目の前で握り締めた。
「とっくにこうやって」
 ジェラスメインの目の前で、草は一気に萎れていく。そして、その草は砂のようになり、大魔術師の指の隙間を通って地面にさらさらと落ちて消えた。
「消えてしまっていたんだ」
 セアラが穏やかな表情でそう語れば語るほど、回りの空気は濃くなっていく。
 あの兄を見たときの思いが。
 あの父を見たときの思いが。
 兄を解放してしまったときの思いが。
 母にすがるように泣き喚いたときの思いが。
 すべてが一緒にやってくる。
「ジェラスメイン……。どうして、泣いているの?」
「泣いてなんか……」
 ぼろぼろと零れ落ちる涙は、自分の感情とは違うところから来ている。胸が押しつぶされそうで、その苦しさに喚きたくなる。
「そうか……君には辛いね。ここは」
 セアラはそう言って、ジェラスメインの側に寄った。背後に回って、耳をそっと塞いだ。
「君には聞こえるんだね」
「何も、聞こえない」
「いや、聞こえているはずだ。この花が囁く言葉が。
 耳に響かなくても、心に」
 ざわめく言葉は耳には届かない。だが、心に響き続ける。
「そして君は、彼女と似た悲しみと怒りと愛情を背負っている。
 彼女の言葉は、君の思いになって溢れる」
「『彼女』?」
「そう。君には聞こえるだろう?
 よく耳を澄ませてごらん?
 君の声とそうでないものを、ちゃんと聞き分けてごらん?」
 セアラの声は、とても美しかった。耳を覆う暖かさと、まるで子守唄のように響く声に、抵抗なく従ってしまう。
 目を瞑った。
 自分の声と、そうでないもの。心のざわめきをかき分けて、区別していく。
(……シテ)
 捉えた。そう思ったときには、自分と違う声が頭に沸き起こる。
(『あの人の愛する物をあの人の愛する者をあの人の愛するこの世界を』)
 声が大きくなるのと同時に、目の裏に映像が焼きついた。
 銀の瞳。
 銀の髪。
 そして、一面の赤。
(『消して』)
 耐え切れなくなって、瞳を開ける。目の裏に焼きついた赤と、目の前の花の赤が重なった。
 気がつけば、ジェラスメインは自分の胸に強く手を当てていた。そこから伝わるのは尋常でない鼓動の早さだ。
 息が荒い。セアラを肩越しに振り返ると、彼はジェラスメインに向けて目を細めた。
「聞こえた?」
「……聞こえた」
「それが、五百年以上前からこの世界に巣食う声だよ。
 闇《ゼク》を持つ者だけに聞こえ、そして、いつか必ず『壊れる』理由。
 それは闇魔術師《ゼクタ》たちを、禁忌とする理由にもなっているね」
 セアラは、そう言ってジェラスメインの耳から自分の手を外すと、彼女の前へ回って、膝を折った。
「私の名と、この世界の名。
 その先にある契約の声なんだ」
 跪き、真摯な目で見つめてくる大魔術師が、忠誠を誓う騎士のように見える。
 その目を見つめて、ジェラスメインはひらめいた。
 
 わかった。
 
 この世界の名が持つ真の意味。
 ア・ライ・アル。巡る世界。
 違う。本当は。
 
 アラ・イアル。
 
(月の娘《イアル》の呪い)
 
 心臓がどくりと大きく波打った。その波は冷たさをはらんで全身に広がる。
 気付いてしまった。
 そう、この目の前の大魔術師がその名に縛られているのなら、この世界も同じ。
 
(滅ぶための名前だ)
 
 その思いをなんとか落ち着かせながら、ジェラスメインはようよう疑問を口にした。
「どうして、それを私に明かす?」
「言ったろう?
 君と君の血に続く者の存在が、彼を支えることになる。
 君には未来の可能性がある。
 そして、託すことが出来る。
 君は、捨てることも護ることも出来る。
 君はその判断を正しく下せる」
「私は……そんなこと出来ない」
「出来るよ。君だからこそ。
 歳なんて関係ないんだよ。
 理解出来るか出来ないか。
 響きに出来るか出来ないかだ。
 ……だけど、酷だと思う。君の若さで背負わせるのはね。
 本当は、ノーラジルに託すつもりだったんだけどね。彼女では少し、足りなかった」
 微笑む赤い瞳を前にしてジェラスメインは、この大魔術師に対するぎざぎざとした思いから、ゆっくりと角が消えていくのを感じていた。
 大きく息を吐き出す。鼓動は徐々に普段の落ち着きを取り戻しかけていた。
 瞬くと、目の前の大魔術師から感じる圧力も緩やかになっていく。
 もう一度、息を吸い込んだ。
「私は、貴方のこと嫌いだった」
 ジェラスメインが、相手に聞かせるつもりもなく呟くと、セアラは彼女の方へ視線を上げて、くすっと笑ってみせる。
「だった? 過去形なの? 喜んでいいのかな」
「ランとミラールを苦しめる貴方が嫌いだ」
 言い直す少女の言葉に、赤い瞳はますます細められる。そこに暖かな光を感じ、ジェラスメインは口ごもりかけたが、言葉を続ける。
「けど、貴方が一番苦しんでいる。
 その名に縛られながら、この世界の響きに縛られながら、簡単な道を選ばず、余地を与えて待っている。
 それは貴方には苦しい選択なのに」
 ジェラスメインは、そっと手を伸ばした。セアラの頬にそっと触れる。触れた瞬間、セアラは痛みを堪えるかのように目を細めた。
「……貴方も……」
 小さな手は頬を上り、その赤い瞳の側で止まる。
「人を愛せるようになったんだな」
 その言葉は、きっと自分の言葉ではない。そうジェラスメインは思いながらも口にしていた。
 レーヤルークの代から、ずっと側に仕え、側で繋がれて来たキャニルスの血が言わせているんだろう。
 セアラはその言葉を受けて目を瞑った。
「君なら……」
 そう呟いた彼の言葉が、何を指しているのか分からない方がいいと、ジェラスメインは思った。
(どうせ、ろくでもないことだ)
 強い風が、ジェラスメインの頬を撫で、黒い髪をさらっていく。
 その風に乗って舞い上がった一枚の花びらを、ジェラスメインは目で追った。
 空高く舞い上がった赤い点を追って、ジェラスメインはランの面影を思った。
 そして、ランとミラールとエノリアの笑顔ばかりを思い出していた。それは、ただただジェラスメインの胸を締め付ける思いに変わってしまうのだけど。
 伝えられるなら伝えたい。
 だけど、それは届かない。
 私に出来ることは、本当に限られているんだ。
 
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