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 たとえばこういうことを想像するときがある。
 自分と彼女が崖から落ちかけて、しがみついていたら。どちらを先に助けるのだろうかとか。
 多分、彼女の方だろう。
 そういうことを想像して落ち込むのは、彼女を助けるだろうという結論のせいじゃない。そんなことを想像してしまう自分がいるせいだ。
 ミラールは深いため息をついた。すべてを拭って、一緒に吐き出してしまうような深い深いため息をついて、組み合わせた指に額をつける。押さえつける。
 時間があるということは辛い。想像する様々なことは、自分を暗いところに押し付けようとする。
 ミラールは何度も笛に指を伸ばし、そして、それをとどめた。今、吐き出すのは暗い感情だ。音楽さえ紡げない。
 ミラールは体勢を変えた。片足を座っている木箱に上げて膝を抱えて、前方に視線を向ける。
 それぞれの愛馬3頭と荷物も整えた。あとはあの2人が帰ってくるのを待つだけだ。
 人のざわめきを遠く聞き、自分の中に入ってくる情報を、空気を最小限に押さえ込んで、ミラールは二つの人影が自分の視界に入るのを静かに待つ準備をした。
「旅芸人にあこがれてたことがありました」
 ふいに振ってきた言葉があまりにもすんなりと耳に入り、ミラールは視線を斜め左隣に向けて、目を瞬いた。
 隣で壁にもたれかかり、人々の流れに目を向けたまま穏やかな笑みを浮かべる男に、その視線を流した。人の声は遠く雑多なものとなっているのに、その声が耳に入ってきたのは至近距離であったからか、それともそれほどの意志があったからか。
 現実に戻る。自分がその男に社交的に微笑んでいるのを自覚した瞬間に、その境界線をはっきりと感じた。
「旅芸人に、ですか」
「ええ」
 男の視線の先には、次の旅への準備をする人々が映っているのだろう。それをミラールは確かめもしなかったけれども。
 物静かで穏やかな空気をまとう男……ユセと名乗るこの歴史学者はこれからの旅への同行を願い出た。
 昨晩のことに思いを馳せた。ミラールがエノリアと共に宿に戻り、部屋の扉を開けて目に入ったのはランの神妙な顔だった。対照的に穏やかな笑みを浮かべたユセが「おかえり」と声をかけてきた。
 ため息をかみ殺した顔で、ランが告げる。ユセが神殿までついてきてくれると。
 ミラールは正直言って安心していた。第3者が加わってくれることには。だが、この男は……。
(苦手だな)
 常に柔らかな微笑みをにじませるその目は、その柔らかさに反してすべてを見透かしてしまいそうな光を持っている。
「ときおり私の町にも訪れ、そして、華やかな歌を聞かせてくれる。他の町の様子を、教えてくれる。
 自由な旅をして、国から国へ」
 そう流れるように言ってから、ユセは苦笑した。
「幼い頃の夢です。そう、そういう華やかな面しか見えてないころの夢ですね」
「……僕は誘われたことがあります」
 ミラールはぽつりと呟いて、それから軽く驚いた。そんな話をするつもりはなかった。ただ、彼の言葉につられるように言葉をつむいでいた。軽い後悔はしたが、ミラールは言葉を続ける。
「一緒に来ないかって。僕はまだ、一緒に行く覚悟は出来なかったけれど」
 待っている人がいたから。待ってくれる人がいたから。
 シャイマルークにはセアラが、そして、そのころはまだ帰ってきていないランを待っていた。
「けど、なんですか?」
 静かな声が先を促す。ミラールは上唇と下唇をあわせ、一瞬言葉を飲み込んだ。
「……今ならついていきますか?」
 言うまいとした言葉を、さらりとこの男は繋げる。前髪をかきあげることで心を落ち着かせ、ミラールは首をかしげてみせた。
「どうかな……」
 できるだけ自然に軽く呟いたつもりだったが、おそらくこの男には通じない。優しく、でも、執拗に探りだそうとする意志を持った空気をミラールは目を閉じることで遮断した。そして、切り返す。
「ユセさん、昔から学者になりたかったわけじゃないんですね?」
 まとわり付いた空気がゆっくりと引いていき、ミラールは思わず息をついた。
「学者というのを職業と言っていいのかについては、少し抵抗がありますが……。そうですね。昔はなりたい物がたくさんありましたよ。村の人たちの仕事を見ては、あれもしたいこれもしたい……。
 まぁ、私が選べる道は限られていて、夢は夢でしかありませんでしたけどね」
 その言葉を聴いてミラールは視線を再び伏せる。
「私の道は、決まっていましたから」
 あっさりとそういう言葉には、含まれるはずの重みがない。いや、含まれるはずだとミラール自身が思い込んでいるだけなのかもしれない。
「ミラールさんは、ずっと音楽家を目指してらしたんですか?」
 ユセの言葉に答える自分にさきほどまでの軽い抵抗はなかった。何故だろう。ユセが自分に本音を語ったからだろうか?
「そうですね。でも、それ以外に考えたことなかったな。なかったというか、……僕も選べなかっただけかな」
 それだけでなくて。
(何一つ、選べない)
 苦笑交じりにそう言って、ミラールは耳を澄ました。
 人々の声を意識的に聞く。荷台の車がきしむ音が、忙しなさを増幅させていた。客を呼び寄せる商人の声。時折、笑い声。子供の歓声、泣き声。
 自分が溶け込めない音を聞いていた。
「……選ぶ必要がないこともありますよ」
 ユセがぽつりと呟いた。ミラールが興味を持って彼に目を向けると、ユセは遠くを見つめていた。
「貴方には、よく似合ってます。音をつむぐ事が」
 その言葉にようやくミラールは微笑んだ。嘲笑でも苦笑でもない微笑。
「だから、変わらないでください」
 ユセの言葉には重みがあった。ミラールの微笑みはその言葉で凍りついた。張り付いた微笑みの表情は、異質なものに変わる。
 少女の声が重なる。
『約束してくれないか!
 ミラールはミラールでいてくれるって』
 風が、ざわめいた。
『でないと不安なんだ!』
「変わらないでください。ミラールさん。
 大切なものを、一つに絞る必要なんてないんです」
 ミラールは自分の額に汗を感じた。風が、渦をまく。ゆっくりと、周りを巡る。その軌跡を指先から感じた。
「貴方がそう思うこと。そう願うこと。全てが本当のこと。
 だから、無理に捻じ曲げる必要はないんです。ミラール」
「ユセさん……黙って……」
 風が回る。警告をする。
 約束を破ると……。
 破ると……。
(怖い)
 誓ったものが奪われる。
(怖い? 違う)
 僕は、それを望んでいるんだ。
 ぱんっ。
 耳元で何かがはじけた。そして、ミラールは自分が耳をふさいでいたことに気づく。痛いほど押し付けていた両手をふらりと目の前にやり、その掌を見つめると、ふらりと落とした。
 空ろな視線の先で、二つの金茶の瞳を捕らえる。観察するように見つめる視線の中に、わずかにゆれた恐れ。
 ミラールはほわりと笑った。そうすれば、いつもの自分に戻れるような気がしたから。
「どうしましたか、ユセさん」
 恐れはゆらりと安堵に変わる。その微妙な動きを捉えることができるのは、多分自分だけ。
「やはり、そうなんですね?」
 確認というよりは確信するためのユセの言葉だ。だが、その言葉はここの空気とは隔絶されたところで発せられた。記憶には残る。だが、夢のようなあやふやさを含んでいた。
 ミラールは長く長く息をついてから、ユセに問う。
「ユセさん、貴方は風魔術師《ウィタ》ですか?」
 聞くとユセは目を細めた。
「似たような、ものです」
「そうですか」
 言葉以上の感情を含まぬ会話。ミラールは人ごみに目を向けた。早くあの2人に帰ってきてほしかった。これ以上、この男と2人だけでいることに耐えられそうになかった。肌に感じる自分への恐れ。恐れよりも同情、悲しみ、そういうものをわずかに感じる。
「ああ、帰ってきました」
 息もつきそうな安堵感を巧みに隠したミラールの言葉の先には、肩でそろった明るい茶色の髪を揺らして、頭上で手を振る女性の姿があった。それにミラールが微笑みながら手を振り替えした。
「出発の準備、できた?」
 エノリアの言葉にユセとミラールは軽くうなずいた。だけど、彼女の顔には困ったような表情が浮かんでいた。
「少し、気になる話を聞いたのよ」
 エノリアがそういうと、ランが続けた。
「どうも、次の街に行く道が閉鎖されてるようだ」
「閉鎖?」
 次の街は港町である。海際に真っ直ぐに出てあとはそのまま海岸線に沿って行く一本道だと、何度も確認していた。
「でも、そんな話はどこからも聞かなかったけど」
 宿を出るときも、そして、いくつかの店を回ったときも、そんな噂話一つ出なかった。ミラールが不審そうな顔をすると、ランはうなずいた。
「誕生祭が終わった割には、旅芸人の数が多いって店の人が不思議がってた。しかも次の街ノウレルは、明日から誕生祭が始まるそうだ。一番遅い誕生祭を行う街だから」
 そういえば、とユセとミラールは周りを見渡した。楽器を背負ったり、大きな荷物の中に楽器を持っている人たちが多い。
「旅芸人の足取りがここで滞ってるみたいね。それで、ちょっとおかしいなって思って、まぁ、話を聞いてみたらね……」
「ノウレルへの道が、どうもふさがれてるらしい」
 ランがそう言うと、エノリアはうなずいた。ミラールが彼女とランに視線を向け、そして首をかしげる。
「ふさがれたとは?」
「ノウレルへの道は山の斜面に沿って道が作られてるんだって。その斜面が崩れちゃったみたい」
 旅芸人さんに聞いた話なのよとエノリアは付け加えた。
「一足早く出た楽団が、わざわざ帰ってきて教えてくれた情報だって。念のためにこの街からも一人様子を見に行ってくれて……復旧にはちょっと時間がかかりそうなんだって」
 どうしようかと、エノリアは視線で3人に聞いた。
 ミラールがしばらく考えていたが、ふと顔を上げる。
「海路は無理かな? ノウレルは港町だよね」
「どうでしょう」  
 ユセが少し遠慮がちに、あまり希望を持たせぬように調節したような声で呟く。
「その崩れた道が一番よく使われていたはずです。平坦で広い道でしたから。それにこの近くの潮の流れは特徴的です。湾に流れ込んで、出て行かないような……。だから魚がそれほど沖に出なくても取れるんですけどね。
 ですから、その港も小さいですし手、ある船も主に沿岸で使われる舟だったと思いますよ。この近くの港からノウレルまでは海路としての整備はされていないはずです。ですからそれだけきちんとした道が整備されたともいえますし……」
 そう言ってユセは自分の顎を手でささえた。何かを深く考え込む仕種に、3人の視線が集まる。
「そんなに重要な道なら、どうして崩れたりしたのかしら。それまで放っておいたってことかしら」
 エノリアがそう聞くと、ユセは軽くうなずいた。
「そうです。フュンランとチュノーラを結ぶ道の中でも一番大きな道ですからね」
 ユセがそう呟くように言うのを、聞いていたエノリアだが、ふと回りの様子に気を配った。噂のめぐりは早いらしく、人の流れがあわただしくなってきたようだった。せかすように言う。
「ねぇ、とにかくその港に行ってみない? こういっている間にも船はなくなっちゃうよ?」
 4人はその言葉にせかされるように馬にまたがった。そして、人の流れに沿うようにして。この町から少し離れた港へ馬を急がせる。気のせいか、港へ向かう人々の流れは徐々に加速されていっていた。
 港へ近づくにつれて潮の香りが濃くなっていく。ユセの言ったとおり、港はあまり大きいものではなかった。泊まっている船は6隻ほど。どれも沿岸を主にした漁に使われる程度の大きさで、4人ほど乗ればそれで定員と、注意書きがなかろうと予測できた。船の前で交渉している旅人達と、その交渉を幾分苦い表情で聞いている船員。その船員も白髪交じりの老人が多い。
 そして、その港には途方にくれたような旅芸人の集団がぽつぽつと見られた。
「やっぱり無理かなぁ」
 エノリアの言葉を受けて、ミラールが馬から飛び降りた。そして、一番近くで顔をあわせて何か話し合っている集団へ足先を向ける。
「あの……すみません」
 腰まで伸びた長い黒髪が印象的な女性の背中に声をかける。耳には大きな丸い耳飾。女性の体を柔らかな曲線を忠実に辿らせる服装は、旅には不向きなものだと思われるが、その細い腕にある外套から旅人であるということをかろうじて判断させた。
 女性は括れた腰に手をあてて、目の前の男性二人と何か相談するように話している。いや、一方的に話を聞いているようだった。それが、ミラールに声をかけられて、ふと振り返った。
「お尋ねしたいのですが」
 と物腰柔らかに声ををかけるミラールを、その女性は目を丸くして見つめていた。その様子はミラールを戸惑わせ、そして、後方からその様子を見ていたラン達の目には不躾な行為のようにも映った。
 くっきりした眉と、少しつり上がり気味の瞳が印象深い。小さめの鼻と薄いが美しい形をし、赤い紅が塗られた唇。強い印象を受ける美女だと思いながら、ミラールはその不躾な強い視線に気を取り直してにっこりと微笑を強くする。
「あの……」
 そう話しかけたミラールに、その美女はすらりとした腕をいきなり差し伸べてきた。ぱたりと外套が落ちて、砂埃を立てた。今度はミラールが目を大きく見開く番だった。おそらくランとエノリアも。そして、彼女の連れらしい2人の男も。ユセだけが普段と変わらぬ表情を保っていた。
 美女はなんの躊躇もなくミラールに抱きついたのだ。しっかりと背中に手を回して、硬直するようなミラールに抱きつき、そのうえぎゅっとその腕に力を込め、背中に指を食い込ませる。
 あまりにも予想外の展開に、さすがにミラールも言葉を失う。
「あ、の……?」
 なんとか頭を機能させようと、発展のない言葉を発したミラールを少しだけ離して、美女は次の行動に移した。今度は彼の両頬を掴んで、自分の方を向くように固定させた。
 その華奢な腕からは考えられぬほど強い力で、頭一つ分ぐらい低い自分の顔に、ミラールの顔を引き寄せようとする女性。整った顔に引き寄せられて、ミラールの頭の中が真っ白になりかけた瞬間、彼の顔に刻まれていた驚愕が緩む。
「……カーラ!?」
 唇と唇が触れ合う寸前だった。ミラールの唇を力ずくで奪おうとしていた赤い唇は、にやりと笑みを刻む。そして、その腕の力を緩めた。
 ぱっと両手を離されて、ミラールは頭をもとの位置に戻した。カーラと呼ばれた女性は、その笑みを絶やさずに、ミラールを見つめている。そして、すっとその左手を腰にあて、右手をさりげなく上げてひらひらと振った。
「ひさしぶりだね。ミラール」
 とても美しく透き通った声だった。高すぎず低すぎず、心に残る声と思った。今度は違った意味の驚きを湛えたままのミラールと、妖艶に微笑むカーラを間にして、エノリアとラン、そしてカーラの連れの男達は2人を交互に見つめた。
 エノリアがその動作をやめて、ふと首をかしげる。
「お知り合い?」
 そう話しかけられて、ミラールもどうやらランとエノリアの存在を思い出したらしい。
「そう。えっと、随分前に知り合ったんだ」
「3年と4ヶ月前」
「あ、そう。それぐらいぶりなのかな?」
 語尾を消しながら、ミラールは完成には程遠い笑みを浮かべた。2年以上前なら、ランには面識がなくて当然だ。
「えっと……あの……」
 今までの一連の2人の行動に対して、エノリアの頭の中ではあまり整頓が出来ていないらしい。聞きたいことはあったが、中々聞きにくいことでもあった。
 カーラがそんなエノリアの表情を察して微笑んだ。
「私とミラールの関係? 察しのとおり、昔の女」
「違います」
 珍しくはっきりとした言葉で間髪要れずに否定して、ミラールは咳払いをする。
「おや、似たものじゃない?」
「違うでしょう?」
 苦笑するミラールに、カーラはほほほと笑った。
「でもミラールったらつれないな。なかなか私に気づいてくれないとは」
「3年以上たったら仕方ないでしょう?」
「おかしいな。私はすぐに分かったけどね」
「ますます綺麗になられたので」
「おや、照れがないね。随分成長したもんだ。可愛げがなくてお姉さんはつまらないけど」
 そういいながらもカーラがまんざらでもなくうれしそうに笑うことで、2人の会話は打ち切られた。ランがミラールに問いかけるような視線を送ると、ミラールは気を取り直すように説明する。
「ランも行ったじゃないか。『あの』フュンランの劇団に所属していた人だよ」
 『あの』フュンランの劇団? とランは首をかしげ、そして、思いついたように目を開いた。ランが助けた女性がいた娼館のことか。ランがカーラに目を向けると、カーラはにっこりと微笑んだ。
「あれ、行ったことあるんだ。真面目そうなのにな。どの子が贔屓?」
「いや、そういうことじゃなく……」
「まずいね、彼女、睨んでるよ?」
「彼女じゃありません!」
 ランの困惑ぶりと、エノリアの腹立ちぶりにカーラは声をあげて笑った。その笑い方に逆にあっけにとられてしまうランとエノリアに、弁解するように会話に入ってきたのは、カーラと共にいた男性のうちの1人であった。
 壮年の域に入ったと見られる男性は、どことなく品を感じさせた。着ている物もそれなりに良いものであることをうかがわせた。旅にはむいていなさそうだが、それ以外に似合う衣装というものを想像するのは難しい。白髪が混じって灰色に見える髪は、綺麗に撫で付けられていた。声も低く落ち着きと知性を感じさせる。
「失礼しました。彼女に悪気はないのですが」
「いや、別にいいんだが……」
 笑われて不快を通り越して、気持ちよささえ感じさせられる笑い声はまだ続いていた。何がそんなにおかしいのだろうと、逆に心配になってしまう。
「すみませんね。まだ少し昨日のお酒が残っているようです」
 苦笑する姿にもまだ品がある。持ち物は4弦の撥弦楽器で、ミラールはその形の楽器を始めて目にした。だがその楽器を持っているということは楽師なのだろう。楽師だと言っても疑われそうな立ち振る舞いである。むしろ執事などが似合いそうだと思いながらも、ランは彼にうなずいて見せた。
「気にしないでください」
「そう言っていただけるとうれしいです。カーラ、そろそろ落ち着いたらどうですか」
 カーラはその言葉に一生懸命笑いを抑えているようであった。彼は軽く一礼した。
「申し送れました。わたくしの名はコウトール。彼の名はスーライ。そして彼女の名は……カーラです。3人で旅をしながら芸などを見せて生計をたてております」
 スーライと紹介された青年は、頼りないと評価されるほどの優しい顔に、癖の強い茶色の巻き毛の持ち主だった。ひょろりとした体格で、どこか浮世離れしている。3人の視線が集まると、にかりと笑ってひょこっと頭を下げた。なんだかつりあいの取れない3人組のように思えたが、逆にそれがおもしろいのかもしれないなんて、ランはかろうじて評価をした。
「ミラールさんのお話はカーラから聞いたことがありますよ。とても才能のある音楽家だと」
「まだ、音楽家ではないんですけどね」
 ほめ言葉を柔らかに受けながら、ミラールは微笑んだ。コウトールは首を振る。
「いえいえ。世間がそうだといっているのですから、そうなのでしょう。誰が決めるということではないのですよ」
 どこかで聞いた台詞だと思いつつ、ミラールは微笑みでごまかした。
「さて、みなさん。何か聞きたいことがあったのではないのですか?」
 改めてコウトールが旅人4人を見回した。
 
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