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 朝早い城下町はひんやりとしている。広い道を人1人動いていない光景はかなり奇妙である。昨日、その賑わいを見ていたことを入れれば特にだ。あと数刻すればここも賑やかになるのだろう。だけど、今の状態ではその賑わいもむなしいもの。いつ魔物が現れるか分からない恐怖がゆっくりと満ちて行こうとしていた。
 エノリアは朝に似つかわしくない顔をして歩いていた。金色の瞳にいつもの輝きはなく、システィラという彼女の愛馬の引き綱を握り締める力も弱々しい。ただ、それが逃れられない義務であるようにまっすぐに城を目指す。
 顔を上げればあの高い塔が目に入る。同時に近づけば近づくほど、胸の中がざわざわと音を立てていた。
 シャイナ。
 どうしてそこに居るのか、その答えを今考えても仕方が無い。魔物がシャイナを攫ったという。それが本当ならば、魔物も一緒だろう。だけど怖いなんて思わなかった。
 自分が魔物を出現させた原因ならば。自分以上に怖いものなんてない……。
 細い風の音と供に花びらがひらりと落ちてきて、地面の冷たさには似つかわしい色を添える。エノリアはそれにも気づかずに進み、その花びらを踏んだ。
 芳香が。
 エノリアは思わず足を止めた。
 甘い……。
 すると音を立てて斜め前の小さな家の扉が動き、エノリアの肩を震わせた。別に何も悪いことはしていないのに、どこか後ろめたい気持ちが広がる。それに苦笑しかけた。
(自分の思いは正直だ)
 後ろめたいのは誰に対して? 
 美しい白壁の小さな家の扉の前にある、一本のひょろりとした木が目に入った。白い花をたくさんつけて、頭を重そうに垂れかけている木だ。エノリアは何故か懐かしさを覚えて、思わず唇を開いた。
 白い花。その甘い香り。
 どこで見た色? どこで出会った香り?
 同時に頭に流れる音は……。
(潮騒?)
 ぼうっとして見ていたので、身を隠そうと一瞬思ったけど叶わなかった。こげ茶色のドアから出てきたのは長い黒髪の女性だった。扉にかかっている札のようなものをひっくり返す。
 エノリアの心臓が早鐘を打ち出した。
(あの人だ)
 エノーリア……。
 エノリアは思わず足を止めてその姿を食い入る様に見つめてしまう。
 早く通りすぎよう。
 そう思ってもエノリアは意思に反して目を見開き、彼女を見つめた。
 声を、かけて……。
(で、どうすると)
 知りたい。
 知ってどうするの。
 ラン……。ランとあの人の本当の関係を。
(抱きしめたんだよ? 嬉しそうに。それ以外に答えがあるって?)
 でも、どうしてランは傷ついているの?
(ランのあの言葉は、私のことじゃない)
 だけど、もしかしたら。
(何、これは? みれん……情けない!)
 どっちにしろ、私は1人で行くと決めたのだから。
 ランがどう思おうと!
 すがりあうためじゃないって、言ったのは自分じゃない。
 エノーリアが顔を上げる動作が、エノリアの目にはゆっくりと映った。エノリアの目とあってしまう。金色の瞳と金色の瞳がぶつかり……。
 彼女は微笑んだ。
 時間がまた同じ速さを取り戻す。
(!)
「ランと一緒に居た方ね?」
 声をかけられて、エノリアは頷く。
「……早起きしてどちらに? ここをまっすぐに行けば」
 エノーリアは視線を行き先に向けた。その先にあるものを見定めて、またこちらに戻すとニコリと微笑む。
「それとも私に何か用が? あの子に何か頼まれて?」
 すこし意地悪そうな笑みを一瞬浮かべた。エノリアはふるふると頭を振る。それを肯定するとランに悪いと思ったからだ。
 あの子。そんな呼び方を聞いて、ミラールの言っていたことを思い出す。
『エノリアの考えているような関係じゃないと思うよ』
 一言も喋らずにエノーリアを見つめるままのエノリアに、彼女は意地悪そうな笑みを優しい微笑みに変える。
「いいわ。実は貴方に会ってみたかったの。少し、中に入りませんか?」
 エノリアは驚いた様に目を見開く。
「あの子が、大切にしているようだったから……」
「そんなことは、ないです」
 エノーリアは断言したその返答におかしそうに微笑む。
「あなたも私に会いたかったんじゃないの? そういう顔をしているわ。気のせいかしら?」
 エノリアは少し迷った挙句に首を振った。エノーリアはまた微笑むと扉を開け放ち、エノリアを手招きする。
「それに、そんな険しい顔をした人を、このまままっすぐ行かせたくないわ。どんな事情があったとしても、あそこは危険なところよ。あの子と一緒に行けばいいんではないの?」
 エノリアはその言葉には首を振った。ほうっと洩れるような溜息が聞こえた。だけどそこには柔かな響きがある。
『困った子ね』
 母が微笑みながらそう言ったときの優しい空気。それによく似ている。花の香り、母の微笑み。
 潮騒だ。
 エノリアは目を細めた。
 その浮かぶ印象は、少しだけ痛い。
 エノリアは半分警戒しながら、その部屋に入って行った。中に入ると外の冷気が遮断され、木の香りと共に甘い香りが漂ってくる。大きなテーブルの上に置かれた白い花からの香りだと気づいて、エノリアは張り詰めていた気分を一瞬緩めた。
「座って。暖かいものをあげるわ」
 丸太を切っただけの椅子におそるおそる腰掛ける。
 木目の美しい部屋だった。隅についたてと小さな机が置いてある。そこには向かう合うように二つの椅子。机の上には紙が何枚か重ねておいてあった。
「医者の真似事よ」
 暖かな湯気と少しきつめの香りの立ち上るお茶を差し出しながら、エノリアの視線の先を見とめて彼女はそう言った。エノリアの向かいの席に座ると、テーブルに落ちた白い花びらを摘み上げる。
「分宮《アル》が閉じられてしまったので、変わりにね……」
「貴方は分宮《アル》の方ではないんですか?」
 エノリアの質問に彼女は首を振った。
「昔はね。今は違うわ。医療を専門に行っているの。まだ、真似事でしかないのだけど」
「昔は?」
「地宮《ディルアラル》に居たわ。これでも、大地の娘《アラル》付きの侍従だったのよ」
 若いのに、と感心したような声を洩らすエノリアに、エノーリアは微笑んだ。少し苦味を帯びた笑みに、エノリアは違和感を覚える。
「そういうことを聞きたいんじゃないわよね?」
「え」
 エノリアは視線を落とした。
 エノーリアの落ちついた瞳。同じ金色なのにこうも印象が違うのは、そこに含まれた色の微妙な違いだけではない。
「そう、です」
「ランのことよね?」
「……そうです」
「ランのことが、好きなの?」
「そんなことは!」
 がばっと顔を上げたエノリアを見て、エノーリアはくすくすと笑った。
「かわいらしいかたね。全部顔に出ているわ。……あの子は気づかないでしょうけど」
「あの子って……」
 エノーリアははっとして口を押えた。そして柔かに微笑む。苦笑を含めて。
 寂しさもこめて。
「駄目ね。いつまでも子供扱い。あんなに大きくなったのに」
「小さい頃をご存知なのですか」
「あの子は何も言わないのね」
 エノーリアは唇に花びらを寄せた。そのまま黙ってしまった彼女に、エノリアはうずうずしながら口を開く。
「ランは……貴方に会ってから傷ついています。昨日も帰ってから自分を傷つけるようなことをして。
 あんなに貴方を嬉しそうに抱きしめたのに、すごく辛い顔をして。
 いつも、いつも強い目をしてるのに。
 私がどんなに罵倒しても、言い返しもしない。
 どうしてランは……」
「それを聞きたいのね」
「本当は、そういうつもりはまったく無かったのです。知りたいと思ってました。でも、そういうのってランにとってはあまり……その、余計なお世話でしょう?
 だから、詮索するつもりはなかったんです。でも、偶然会えたから」
「詮索したかったのでしょう?」
 エノリアは彼女の声に首を傾げた。前髪が目に影を落とし、自然と困惑の表情を作る。
「したかった……のかもしれません。だって私はランのこと何も知らずにいて。
 勝手に……」
「貴方も傷ついてる様に見えるわ」
 エノリアが顔を上げると、エノーリアは白い花びらを離した。紅色の唇。
「だから、貴方はランが好きなんだと思ったんだけど……」
「私の名前はエノリアと言うんです」
 思いきってそう名乗って、エノリアはエノーリアの反応を見た。エノーリアは少しだけ目を丸くすると、すぐに穏やかに微笑む。
「私と同じね」
 エノリアはその後何と言えばいいのか言葉に詰まる。ランが言ってた大切な光《リア》とは私ではなくて貴方だから傷ついてるんです。そうまとめて、ひどく自分が情けなくなった。
 エノーリアを見つめたまま、エノリアは言葉を探す。だけど、出てこなくて沈黙だけが続いた。
 しばらくしてエノーリアが小さく息をつく。
「貴方も宮の関係者ではなさそうね。あの子と一緒に居るなら」
 なぜ「あの子と一緒に居るなら宮の関係者ではない」ということになるのか謎だったが、エノリアは頷いた。
「宮に居たことは?」
「いえ」
 厳密に言えば間違っているが、「宮の関係者」として居た事は無い。
「私は地宮《ディルアラル》に居たの。って言ったわよね? 自分で言うのもなんだけど、将来を嘱望されてたのよ。20にもならないうちにダライア様の侍従の1人に加えられて、夢がだんだん叶って行ったわ」
「夢?」
「光《リア》を持つものとして、民を照らす存在のひとつになることよ」
 エノリアはそのカクカクとした響きの言葉を聞き、少しだけ眉を寄せた。エノーリアは笑う。肘を突いて手の甲を頬につけると、長い髪が滑り落ちた。
「仕える者の中には、貴族や王族に求婚されて結婚していく人もたくさん居たわね。でも私の夢はそうだったから。たった1人の人のために生きていくなんて嫌だったし、信じられなかったわ。
 光《リア》を持って生まれたからには、人々のために。
 人に幸せを配る事。それが光《リア》だと思っていたわ」
 エノーリアの言葉には自嘲が含まれていた。どうしてそんな話を自分にするのか、エノリアには分からない。
 だけど自嘲が含まれている理由は分かった。
 彼女も、光《リア》に何の意味もないことを知ってしまっているのだ。
「けど、ある人に会ってから考えが変わったわ。王宮で出会った一人の兵士だったのよ。何の称号も持っていない普通の兵士。仕える者たちがとくに興味も示さないような……。
 たまたま出会ったの。彼、地宮《ディルアラル》で迷子になってたのよ。新しく配属されたって、面倒くさそうに呟いたわ……。だけど私にはそれだけで十分だった。
 人を好きになるのに特別な理由なんていらないのかもしれないわね」
 エノーリアは懐かしそうに目を細めた。エノリアはその話に何の意味があるのか、考えようとした。だけど、話を聞くうちにそんなことはどうでもいいような気がしていた。
「彼が兵士を辞めると言ったときも、私は迷わずに宮を抜けたわ。連れて行ってとただそれだけ言って。
 彼は私のこと好きだとか一言も言わなかったし、そんなそぶりも見せなかった。私だって彼のことを好きだなんて言わなかった。
 けれど、全てを捨ててでもついていきたいと思ったの。
 側にいることだけ望んで。そうしないと後悔すると思ったの」
 幸せそうな思い出話。だけど、それを口にするエノーリアの表情の奥にあるのは……。
「彼は私を止めなかった。ただ手を伸ばしてくれた。
 握り締める手を差し伸べてくれた。それだけで充分だったのよ。言葉はいらなかった……」
 エノーリアはそう言うと、エノリアに目を細めた。
「ごめんなさいね。こんな話」
「いえ……」
「彼は剣士として色んな仕事をし始めて。そうね、もう6年前になるかしら。ある商隊の護衛の仕事をするって出ていった後、連れて帰ってきたのが、黒髪に緑色の瞳をした少年だったわ」
「ラン」
 思わずそう言ったエノリアにエノーリアは頷いて肯定した。
「十二才の小さな男の子。血や擦り傷なんかでどろどろになりながら、目だけきらきらと輝かせていたのを思い出すわ。お風呂に入れようとすると恥ずかしがってね」
 エノーリアはクスクスと笑った。
「10才も年下の男の子の裸なんて見たってね。でも、それでも恥ずかしかったのね」
 そう言うとエノーリアは目を細めて笑った。
「来たときはしょんぼりしてたけど、とたん暴れ出すぐらい。今でも覚えているわ」
「前に聞いた事あります。ランは自分で剣の師を見つけて学んだんだって。それが、その人なんですね」
「そう。そして、その2年後にランに殺されたの」
 エノーリアの言葉の調子が少しも変わらなかったので、エノリアは聞き逃すところだった。
 少し楽しそうにランの話を聞いてたエノリアの表情が凍りつく。
 エノーリアは微笑んだままもう1度呟いた。
「私の大切な人はランに殺されたの。
 ランが傷ついていた理由がわかったでしょう?」
 エノーリアはそう言って自分の黒髪を指に巻きつける。
「私に謝ろうとするから……殺すわって言ったの」
「あの……」
「光《リア》を持つ者が人を幸せにする力を持つのなら、私にとっての光《リア》はあの人だったわ」
 エノリアは冷え切ってしまったお茶に視線を落とす。
「ランはそれを奪った……。私たちの関係はそれだけ」
「じゃあ、どうしてそんな風にランの事を笑って、……あの子って!」
 自分の声が震えていて涙が出そうになって、エノリアは首を押えた。
「ランと私とカーディスで楽しく暮らしていた2年間も真実だから」
 エノーリアはそう言うと微笑む。
 どうして、微笑むことが出来るの? エノリアは目に力をこめた。首が熱い……。
「私はランが大好きだったわ。かわいい弟みたいに」
「ランは死にたいかどうか試すって」
 エノリアはその場に立ちあがる。
「貴方に殺すって言われたから、すごく動揺して」
「……馬鹿ね」
「ランはあなたの事が好きだから!」
「母親がわりに、ね」
 エノリアはエノーリアの細められた目を見つめていた。金色の瞳に浮かぶのは、どういう光なのか。過去を懐かしむ光で穏やかで。大切な人を殺されたのという言葉には、一欠けらの憎しみも感じられない。
「何のためにカーディスを殺したのか、あの子は覚えていないのよ。だからそんなこと言えるんだわ。死ぬだなんて」
「ランは……」
 右手を挙げてエノリアの言葉をさえぎる。
「……本当に、あの子のことを思ってくれているのね」
 嬉しそうにそう微笑む彼女に、エノリアは泣きたくなった。
 大切な人を殺されたと言いながら、どうしてこんなに優しい顔でランのことを呼ぶのだろう?
「でも私はずっとランに頼ってばかりなんです。私がしなくちゃならないことも、私はランに甘えて……」
 エノリアは椅子に座りこんだ。
「ランが居ていいって言ってくれるから。ランが大切だって思ってくれてるから……いえ、かもしれないから、ここに居てもいいんだって……。自分の理由もランに背負わそうとしてたんです」
「それで、いいんじゃないかしら?」
 エノリアはエノーリアを見つめた。
「人の存在は人との重なりだと私は思うわ。カーディスと出会うことで、私は自分だけの幸せを見つけることが出来た。カーディスに返せたかは分からないわ。でも……そう願いながら生きていたの」
 エノーリアはそう言うと飾られた白い花を一つだけちぎった。
「だけど、ランの大切な人は私じゃない!」
 エノリアが顔を上げてエノーリアを見つめる。そして自分の台詞を思いだし、思わず口を押えた。
「こんなこと、言いたかったんじゃないのに……」
 初めて会った人に弱音を吐いてしまうのは、何故だろう。戸惑ったエノリアの瞳を捕らえて、エノーリアはニコリと笑った。
「やっと、貴方が見えたみたい」
 エノリアは落ちついたその言葉を、目を見開いて聞いていた。
「真実を語る人の前で、貴方は自分を隠せない人ね」
 エノーリアは嬉しそうに微笑むと、エノリアの手を取る。やさしい暖かさ。
 自分の手の冷たさを包み、暖かさを分けてくれる。
「聞かせてくれる? 貴方はランと居て幸せではないの?」
 エノリアは首を振った。
「ランは貴方を拒んだの?」
「いいえ」
「ランは貴方を全力で守ろうとしているのでしょう?」
「だから傷ついてばかりで」
「どうしてその行動を信じないの」
「……ランは、躊躇無く他人を助け様とするから」
「では、目を見て御覧なさいな」
 エノリアは顔を上げた。エノーリアは包みこんだエノリアの手を離す。
「貴方を見る目を見て御覧なさい。それでも分からないのなら……仕方ないわ」
 摘んだ花をエノリアに手渡す。
「この花の名前をご存知?」
「……いいえ」
 手渡された白い花からは甘い香りが漂って、エノリアの心に染み込んでいく。名前を尋ねようとするエノリアにエノーリアは微笑んだ。
「《エノリア》よ」
 エノリアは白い花を見つめた。丸く美しい花。輝くような白さ。
「フュンランでは育ちにくい花なの。チュノーラの海際によく咲く花よ。大きな樹に一斉に花が咲くの。白くて輝いていて……。ここらへんではせいぜい私と同じ背の高さまでしか育たないわね。
 それでも枯れないように頑張って育てたけれど、今年が最後の花かもしれないわ」
 どこか寂しそうにその花を見る。
 エノリアは最後の一口を飲み干すとゆっくりと立ち上がった。下に置いていた荷物をかがんで持ち上げる。
 エノーリアが顔を上げると、エノリアは申し訳なさそうに言った。
「あの……表の馬を預かってもらえませんか? 大人しいし誰にでも慣れるので使って頂いてもかまいませんので」
「……城に行くのね。やはり1人で」
 エノリアはこくりと頷いた。
「強情ね」
「ひっこみがつかなくなってるだけかもしれません」
 眉を下げてそう言うエノリアに、エノーリアは微笑んだ。
「だけど、やはり……今の思いのままじゃ駄目です。ただランに頼るだけになってしまうから。ミラールやラスメイにも迷惑かけちゃう」
 エノーリアはその言葉に頷いた。出て行こうと扉に手をかける彼女にエノーリアは一言だけ声をかける。
「大切な者を奪われた私が、ランから大切な者を奪おうとしたとは思わなかったの?」
 エノリアは手をかけたまま振りかえった。微笑みながらそういう彼女の意図が分からなかった。
 いや、分からなかったわけでは無い。あまりにも不似合いで出てきた答えは意識の中で握りつぶしてしまった。
「つまりは、私が貴方を殺そうとしたと言う可能性は?」
「……でも、エノーリアさんって」
 エノリアは言葉を探した。
「そういうこと出来なさそうだから。本当に実行に移したあとに自分が苦しむってことを分かってそうなんですもの」
 エノリアはようやく微笑むことが出来た。
「ランを許さないって言い続けてるのは……そうしないとカーディスさんに悪いって思ってるからなんだと……ごめんなさい。勝手な臆測です」
 エノーリアはその返答に表情を緩めた。
「だって、ランのことを話すときのエノーリアさんって……すごくやさしい顔をしているんです。だから」
 エノーリアは首を少しだけ傾けた。
「幸運を。エノリアさん」
 エノリアは笑う。ここへ入ってきたときとは違う少しだけ晴れやかな顔で。
 扉が閉まるのを見つめながら、エノーリアは息をついた。曇りを払ったのが自分の言葉であれば、それがランにしてあげることのできる最後の贈り物。
 エノーリアは卓上の白い花を見つめた。
(貴方の願いはよく分かってるのよ。聞き分けが良すぎて、自分が嫌になるぐらい)
 最後の花。
『お前の名前と同じ花だ』
 今でも思い出す。仏頂面を赤くして。怒ってるような照れたような顔。
「カーディス……」
 あなたのくれた花も、もう枯れてしまう。
 どんなことしても、ここは生きてきた場所では無いから……。 

 枯れてしまうのよ。
 

HOMEイマルークを継ぐ者第3話

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