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「どんな気分ですか」
 声をかけられて、ランはうっすらと目を開けた。目の前の人物が誰なのか、一瞬考えたが浮かび上がらずに、そのまま目を瞑った。雰囲気から自分に害を与えるものでは無いと判断する。ラスメイが一緒に覗き込んでいたのも、安心した一つの理由かもしれない。
「ぐちゃぐちゃ」
「でしょうね。無茶な事をする。常人なら昏倒ではすみませんよ」
 低い声の主を見つめて、ランは口を再び開こうとした。それを遮るように彼は手を上げる。
「私はカイラ=トーラ=ディスルーシ。怪しいものではありません。ミラールさんとは知り合いです」
 その紹介を聞いて、ラスメイが目を見開いた。
「《ディスルーシ》? 【水を呼ぶ者】か。聞いたことある」
「光栄です」
 にこりと少女に微笑む。
「フュンラン城の水鏡を司る者……だと聞いていたが」
「その通りだよ。詳しいね」
 カイラが少しだけ意外そうに眉を上げると、ラスメイは少し首を傾げた。
「あんな小娘のお守をしているのか」
「約束、だからね」
 王家と血縁関係のあるアルディラを小娘と言ったことにカイラは触れなかった。ラスメイが少しだけ笑う。そして、見を乗り出した。
「私の名は、ジェラスメイン=ロード=キャニルスという」
「キャニルス」
 ラスメイは必死な顔をして、カイラに身を乗り出した。
「聞き覚えが無いか」
「それは、ありますよ、勿論」
「そうではなくて。何か」
 焦るような瞳に、カイラはふと瞳を細めた。ラスメイの知りたい
「キャニルス……そうですね。新当主ご就任という話を耳にしました。十六才の若い水魔術師《ルシタ》であると」
「……そ、う」
 絶望的な呟きを落として、ラスメイは力を抜いた。その場に座りこんでしまう。カイラは自分の言葉がどれくらいこの小さな少女を傷つけたのか測りかねて、口に手を当てた。
「ジェラスメインさん」
 遠慮がちに声をかけるカイラに顔も上げずにラスメイは呟いた。
「その話は……いつごろ」
「水鏡で1週間ほど前ですね。まだ、王宮に登れていたときです」
「1週間? だって、あのときラシータはそんなこと!」
「ラスメイ?」
 ランが少し心配そうにその名を呼ぶ。
「やっぱり兄のこと気になってたのか」
 ランがそう言うと、ラスメイは小さく首を振った。
「……いや、いいんだ。確認したかっただけだから。いつ、お兄ちゃんが当主になるのか……。それはいいんだ。ただ、胸騒ぎがして。
 悪い話さえなければ、それでいいんだ……」
 メロサの水鏡で顔を合わせたのが最後だった。約束の時間に兄は顔を出さなくなった。
 フュンランまで来てしまっては、自分の力は届きにくい……。
 ラスメイは少し上を見つめると、切りかえるようにぐっと唇に力を入れた。
「エノリアのところに行ってくる」
「ラスメイ」
 そう言うとランの制止を振りきって、ラスメイは馬車から降りてしまった。
「……強い子ですね」
 カイラの小さな呟きに、ランは何も答えられなかった。強くあろうとしているんだと、そんなことをこんなところで言っても仕方ないのだから。
「さっき、言ったよな? まだ城に登れていたときはと」
 ランが半身を起こしかけた。それをカイラは押し止める。
「まだ、しばらく安静に」
「まだとは何だ? ……ここで何が起こっている」
「……おかしいと思われますか」
 カイラの言葉にランは当然だと言いたそうに頷いた。
「おかしいじゃないか。町に魔物なんて」
「それだけではありません」
「どういうことだ?」
「何が起こっているのか……、1番知りたいのはこの町の住人達です」
 カイラはそう呟くと、落ちてきた長い髪を耳にかけた。
「簡単に言えば、王宮が閉ざされたということですね」
「1週間も?」
「そうです」
「どういうことだ」
 ますますのめりこむように聞くランに、カイラは口をつぐんだ。そして、茶色い瞳を少しだけ彼に向け、低く言う。
「……関わらない方がいいでしょう」
 ランの緑色の瞳から目を反らして、カイラは馬車から降りようと態勢を変えた。
「ちょっと待てよ」
「これ以上は……。少なくとも、貴方は少し寝るべきです」
「それより!」
「眠った方がいいです。無理にでも……眠りが1番の薬です」
「気になる」
 ランの強い視線を真正面から受け止め、カイラは少しだけ目を細める。
「こだわるのは、貴方がシャイマルーク家の血縁だからですか?」
 ランは瞬きもせずに、彼を見つめた。
「何のことだ?」
「見事な緑色の目をして、そうではないというのですか?」
「遠縁はそういうことがあるかもしれないけどな。関係ない」
「とおえん、ですか」
 無表情でランがそう言うのを、カイラはしばらく見つめていたが、先に目をそらす。
「……王宮は閉ざされました。出てくるものは一人もいません。城壁内にある分宮《アル》からも」
「出てくるものは、って」
 ランの無表情が解かれ、訝しがる色が生まれた。
「中に入ることはできます」
 カイラは小さな声でそう言った。
「しかし、誰も出てこないということです」
「どういうことだ」
「そういうことですよ」
 静かに呟いてカイラは茶色の瞳を細めた。ランが眉を寄せる。
「誰も、帰ってこないのです」
 その言葉は静かにランの心に染み込んだ……不気味に。

 

HOMEイマルークを継ぐ者第3話

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