|
|
◇
|
|
フュンラン国の首都・フュンラン。花の都とも呼ばれるそこは、白い壁と赤い屋根で統一された家が立ち並ぶ。みな窓際には花を植え、どの時期も花が溢れる。
「その一方、治安はあんまりよくないな」
ランがそう呟いた。フュンランの甘い検問を通って、4人は馬から降り、人々でごった返す大通りを歩く。
「花の都。けど、華やかな印象とは別に、裏通りには犯罪が転がってる。あんまり行くなよ」
ランとミラールはフュンランに何度か来たことがあるというだけあった。ラスメイとエノリアが辺りを物珍しそうに見まわすのとは逆に、慣れたように二人を誘導する。
「どこにいくの?」
「宿」
当たり前のことを聞くなとでも言いたそうに、ランは言い捨てた。一瞬むっとするエノリアに、ミラールがこう付け加えた。
「いつも泊まってるところがあるんだ。まけてくれるよ」
エノリアは、それに頷くと前方へ顔をむける。白い壁に赤い屋根の続く大通りに向こうに、一際高い塔が聳え立っている。
白い壁の美しい塔。塔の屋根は青色だった。その組合せの美しさにほうっと溜息をついた。
「フュンラン城の塔だよ」
ミラールがエノリアの視線を捕らえて、そう説明した。
「フュンラン城自体は、2階建てで低い変わりに広い城なんだけどね。あの塔だけは例外なんだよ。何するところか分かる?」
ミラールが楽しそうにエノリアに聞いた。エノリアは首を振る。
「僕もよく知らないんだけどね。でも、あそこには香が封じられてるんだって、みんなは言うね」
「香?」
ラスメイがひょいと顔を出して、人差指を天に向けて説明した。
「香、つまり《フューン》。それを封じる《ラン》で、フューンラン。フュンランってわけだな」
相変わらず精霊語の知識の深さに感心しながら、エノリアは聞いた。
「何の香?」
ミラールはくすくすと笑った。
「さぁなんだろうね。花の香かもしれないね」
そう言えば……と、エノリアは鼻をくすぐる甘い香りに気付いた。色とりどりの花から、零れ落ちる優しい香り。それを、思いっきり吸いこんで、エノリアは誰にとなく問う。
「ねぇ、みんな花を育ててるの? 決まりかなんかあるわけ?」
「さぁね。それが当然らしい」
ラスメイが道端の花に視線を落とした。
「フュンラン……【封じられた香】。そこらへんに理由がありそうだけどな」
紫色の瞳を好奇心で輝かせて、エノリアを仰ぐ。
「面白そうだろ?」
「そうねぇ……」
苦笑いするエノリアを、にこにこと笑って見るラスメイ。その胸に光る紫色の石にエノリアは視線をやった。
ランの買った指輪だ。ラスメイの指には大きすぎたから、鎖を通してペンダントにしてあげたのはミラールだった。
それから少しだけラスメイは元気になったようだ。時々、ふさぎこんだような顔を見ることはあるけど。
どうしても言いたくないことなのかもしれない。聞こうとすると、少しだけ顔をそらしてしまう。
「でも、枯れてる花も目に付くわね」
エノリアがそう呟くと、ランは眉を寄せた。
「そうなんだよな。今まで一度だってそんなことは」
「僕が気になるのは、街の人の顔だけどね」
ミラールがそう言うと、3人はそろったように周りの人の顔を見始めた。
「そうか?」
「明るい顔してるのはみんな旅人だよ。街の人は少しだけ、暗い顔してない? 例えば……ほら」
ミラールの指差したところには、一人の楽師が居た。竪琴を奏でている。周りには少しだけ人だかりができていて、みんなうっとりとした顔で聞いている。ミラールは差した指を自分の唇にとんっと置いた。茶色の瞳を細める。
「結構な腕前だよ。でもあの人だかりはほとんど旅人だね。目もくれずに脇を通りすぎたのは街の人」
だから? と視線で聞くエノリアに、ミラールは微笑んだ。
「フュンランは町を上げて音楽祭を催すようなところだよ。街の人々は音楽好きなんだ。誰もが一つは楽器をたしなんでるぐらいね」
今度は茶色の瞳を少しだけ陰らせて、ミラールは楽師を見つめた。
「忙しくても目もくれないってことはないんだよ。少しぐらい興味を持つものなんだよね……。
何か、すごく殺伐とした感じがしないかい?」
それは、ミラールにしかわからない空気なのかもしれない。ランは少しだけ首を傾げ、ラスメイは真剣にミラールを見つめた。
「そ、うかな?」
エノリアが周りを見まわしてしまう。が、言われて見てもわからないのだ。ミラールの神経が細やかなのか、自分があまりにも大雑把なのか……。だが、エノリアにその空気は分からなかった。
「ね、あっちは何があるの?」
ふと人通りの少ない通りを見つけて、エノリアが指差した。その方向を見て、ランは呟いた。
「劇場だな」
「劇場? 見たい!」
「今は何もやってないだろ。人が少ないしな。あとは、酒場とか食堂とか。夜は賑やかだけど、危ないからうろうろするなよ」
「はいはいはい」
いい加減に頷いて、エノリアはその奥の方を見た。
そのとき、空気をつんざくような悲鳴が、エノリアの見つめている先からした。エノリアは目を見開き、ランを振りかえる。
「何? 今の」
「悲鳴だろ」
当たり前の答えを吐き出して、ランは右手を剣の柄にかけた。ラスメイは愛馬にくくりつけていた荷物から、杖を引きぬく。
「暗くない?」
エノリアの呟きに、ラスメイは首を振った。黒髪を揺らして、エノリアを振りかえる。
「視界が?」
短く問われて、エノリアは思わず目を見開いた。
「う、ううん。違う。何か違和感が」
「闇《ゼク》だな」
小さく呟いたのはラスメイで、紫色の瞳を回りに走らせた。
緊張感の走る4人だったが、ミラールは一人、妙な違和感を感じた。
周りの反応が薄いのだ。
悲鳴がした。ただごとではないだろう。なのに、ざわめきが小さい。幾人かは張り詰めたような空気を背負い、何事かと見極め様としている。
「まただ」
近くの人がつぶやくのを聞いて、ミラールは顔を向けた。
「またって?」
少し痩せぎみの壮年の男性に、ミラールは茶色い瞳を向けた。男性は話しかけてきたミラールにびっくりしたような表情を見せたが、面倒くさそうに首を振った。
「何も無い。また出ただけさ」
「出たって何が?!」
エノリアは叱咤するような勢いで問う。だが男性はそれを気にもかけてないようだった。諦めたような雰囲気で、男はエノリア達を鬱陶しそうに見て、顔をそらした。
「誰かが、城へ知らせるさ……」
「俺は行くぞ」
ランは一言言うと、その場を駆け出した。ラスメイがエノリアの制止も聞かずにその後をついていく。
「待ちなさいよっ。もう、ラスメイ! 危ないから!」
エノリアも魔物と聞くと居ても足っても居られずに、後を付いて行こうとしたがミラールに腕を捕まれ、思わずのけぞってしまった。
「ミラール?」
非難半分、疑い半分の声をむけたが、ミラールはこちらを向かずに真剣な顔でその男性を見つめていた。
「ちょっと待って」
「でもっ」
彼はエノリアの非難の声を流すと、その男性に柔かな声で問う。
「魔物、ですか?」
男は返答しなかった。それをミラールは肯定と受け取る。
「魔物って、どうして城下町に?」
「さぁな」
「城下町なら結界ぐらいあるんじゃないですか?」
男はふとはるか後方に見える城に目をやり、そして、またこちらに顔を向けた。
「わからん」
「わからないって?」
「余所者には、どうせ関係ないことだ……」
無気力に呟いて、男は眉をひそめ去って行った。拒絶の言葉にそれ以上問いかけることも出来ずに、ミラールは唇を噛み締めた。そして、周りに視線をやるが、みな、視線をあわす前にこそこそと立ち去ってしまう。残っているのは、ここの住人ではないだろう。どうしたらいいのか分からずに、ただ声のした方を伺っている。
剣を下げている者も、魔物の言葉に躊躇したようだ。金が貰えるかどうか分からない仕事に命を賭けることは出来ないというように。ランのような人間が珍しいのかもしれない。
フォルタであり剣士でもあるということが、彼をそうさせるのかもしれない。セアラの元で育ったということもあるだろう。
ミラールは軽く唇を噛んだ。
「ラン達のところにいこう」
茶色い瞳に、堅い光を浮かべてミラールはラン達の向かった方向を見つめる。
「暗い顔の理由か……」
呟いたその言葉が、エノリアの頭の中で静かな響きを残した。
|
|
|
|