最初に愛した人は、緑色の瞳をしていた。その人が欲しいもの全てをくれた。
私を支えてくれた人は、金と銀の瞳をしていた。私の身に刻まれた呪いを解くように、何度も何度も願いをくれた。彼女は私に言い続ける。
「この世界を愛してください」と。
名前をつけられた、脆くて哀れな世界を愛しつづけてくださいと。
彼女は何度も私の目の前に現れ、そして、消える間際にその言葉を残す。彼の愛した金の目と私を責める銀の目の狭間で、私に何度も懇願するのだ。
「どうして赤い瞳をしているの? 赤いものを沢山見たの?」
少女の問いかけに、私は困惑した。真摯な金と銀の眼差しを目の前に、私は嘘を付けなかった。
生まれて初めて見たものが、赤いものだったんだと答えると、少女は難しそうな顔をした。
そして、とたん明るい顔をする。そして、近くを見まわし、一つの花を指し示した。
「あのお花?」
ラスカフューネだった。
ラスカフューネ。血の契約。
静かに、そして、招くように揺れている。
そうか、それが答えか。
今更になって、それを許すのか、大地の娘《アラル》よ。
瞳に熱い物がこみ上げてくる。何年ぶりだろう、涙が溢れたのは?
最後に泣いたのは、彼の前でだった。
泣くなと彼は言った。
お前のほしいものをやるから泣くなと。
私は欲しいものを手に入れた。だから、それから泣くことはなかった。
しかし、またそれを手放すのだ。だから、涙が溢れてきた。
「どうしたの?」
覗き込む少女の瞳。伸ばされた手が自分の頬に触れた。
柔らかい。
「どうしたの? セアラ」
ラスカフューネが揺れるたび、私は自分がセアラである事を思い出さなくてはならない。
名前をつけられた、脆くて哀れな世界を愛したかった。
真綿にくるむようにして守りたかった。
彼の愛するこの世界を。彼女の愛するこの世界を。
そして、私の愛するこの世界を。
「なんでもない。なんでもないんだよ」
心配そうな幼子に、私は精一杯微笑む。
「ダライア……」
君はきっと、最後の大地の娘《アラル》になるだろう。自分の頬に伸ばされた小さな指の感触を愛しいと思いながら、私は涙を止めることが出来なかった。
『私の憎む物を私の憎む者を私の憎むこの世界を……』
『無に』
だけど、ナーゼリア。
私もこの世界を愛しているのです。
この脆弱で美しい世界を、
愛しているのです……。
(第3章「罪人の歌」終わり)
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