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 二人が屋敷に戻ると、いつでも出発できるように準備して待ちくたびれたような二人が顔を上げた。ひとまず、ラスメイにランは買ってきた指輪を渡す。
 ラスメイはそれを握り締めると、こぼれるような笑みを見せた。
「あ……りがとう……」
 顔を真っ赤にして、彼女は手のひらをそっと開けてそれを見つめた。そして、また微笑む。
 ラスメイなら、きっとこの程度の指輪は腐るほどもっているだろう。そんなに喜ぶとは思っていなかったランは、少しだけ焦ってしまった。
「いや、悪いな。安物だけど」
「そんなの関係ない」
 さっそくつけようとするラスメイだったが、サイズが少し大きい。
「詰めが甘いよね、ランは」
 苦笑しながらミラールは自分のかけていた首飾りをはずした。皮の紐の結び目をナイフで切り、通していた数個の石を手のひらに転がす。
「ちょっと持ってて」
 ランに手を突き出すと、彼は慌ててそれを受け取った。紐に指輪を通すと、ちょっとした首飾りになる。
 それをラスメイの首にかけてやった。
「ありがとう」
「これ、どうするんだ?」
 ランは掌の石を転がしながらそう聞く。
「あ、私の袋に入れておこう」
 ラスメイはそれを受け取ると、あの大粒の宝石がごろごろと入っている皮袋に、いれた。価値に大きく差はあるが、ラスメイにとっては同じようなものなのかもしれない。
 そう思うと、ミラールは思わず笑みを浮かべてしまった。
 それから四人はカタデイナーゼの元に挨拶にいくことにした。彼は自室には居ず、執事に尋ねると書斎に通された。
 カタデイキールのことを公開すると同時に、彼の父はカタデイナーゼに後を譲り、自分は執政から退くことに決めた。
 カタデイナーゼに言わせれば、嫌がらせ以外の何物でもないとのことだ。時代の流れを感じての引退なのではないのかと、ランなどは思うのだが……。それは、善意の解釈と言うものなのかもしれない。そう思いなおしたのは罵声が聞こえてきたからだ。
「くそオヤジ! さっさとフュンランでくたばりやがれっ!」
 執事が書斎のドアをノックしかけたときだった。そんな言葉が廊下を突っ切って行った。ノックをしばし躊躇しただけで、眉一つ動かさなかった執事に、ランは感心してしまう。
「若、皆様方がご挨拶したいと」
 しばらくして、うめく様な返事が聞こえ、執事がそれも無表情に捉えて扉をあける。遠慮無く入る4人が見たのは、机につっぷしてしまったカタデイナーゼの頭のてっぺん。
「いい声がしてたわよ」
 揶揄する様なエノリアの声を受けて、カタデイナーゼがようやく顔を上げた。はじめてあったときより幾分やつれたようなのは気のせいではないだろう。
「聞こえてたのか」
「あれが聞こえないなら、さぞかしぶ厚い扉をつけてるんだろうね」
 嫌味を含めたミラールの言葉に、カタデイナーゼは唇の端をつりあげた。目の前に置いていた1枚の紙切れを不器用に丸めると、机の片隅に追いやる。それに視線を送りながら、エノリアがちょっと首を傾げた。
「何か、あったの?」
「たいしたことじゃないさ」
 少しもたいしたことじゃないという顔ではなかったが、カタデイナーゼは自分の赤毛をくしゃりと握り締めると、4人に顔を向けた。
 視線を1度落とし、上げる。そうすることで、意識を変えるかのように。
「んで、お前達は? 俺に何か用か?」
 その言葉のトーンは、いつもよりも高めで無理しているようにも感じられた。だけど、敢えて気付かなかった振りをしてエノリアは頷く。
「今日、出発するから挨拶にね」
 エノリアがそういうと、カタデイナーゼは立ちあがり机の前まで移動した。
「そうか、そう言ってたよな……。もう行くのか」
 机に持たれかかって、カタデイナーゼは4人を見まわした。
「ゆっくりさせてもらったわ、ありがとう」
「いや、こっちこそな。葬式にも出てくれてありがとな」
 屈託の無い笑みを浮かべて、カタデイナーゼはそう言った。葬式、その一言が4人の間に少しだけ緊張感をもたらした。だが、それに気付かないのか、カタデイナーゼはミラールに自然に顔を向ける。
「あんたはもう大丈夫なのか?」
「まぁね。疲れてたのかな……。もう大丈夫だから」
 少しだけ笑いながらそういうミラールに、ラスメイが少しだけ視線を上げた。
「なんか、いろいろ世話になっちまったし。土産とか持たせたいんだけど、何がいいんだ? 食い物とかでいいかな」
「いや、気を使わないでくれ」
 ランが愛想もなにも無い声で遮ると、カタデイナーゼは口の端を上げて笑う。
「そうか? ま、要る物があったら何でも言ってくれよ。出来るだけのことはさせてもらいたいからさ」
「泊めてもらったからな、礼をするならこっちの方だろ」
 ランが生真面目にそう言うと、カタデイナーゼは、にぃっと笑った。その笑みを見て、ランは怪訝そうに眉を寄せる。
「?」
「いやぁ、いい奴だなぁと思って。これなら、エノリアが……」
「ああっ、レイ! 私やっぱり頼みたいものがあるんだけどぉ!!」
 ぐぃっとその腕を掴んで、エノリアはカタデイナーゼを窓際に引っ張った。
 戸惑うようなカタデイナーゼの表情に、余計苛立ちを感じながらエノリアは食いかかる。
「余計なこと言わないでよねっ!」
「余計なことか?」
 囁くエノリアにあわせてカタデイナーゼもぼそぼそと返した。
「余計なことよっ!」
「やっぱ、お前、あいつのこと好きなんだ」
「どーしてそうなるのよ。いいから、黙っててよねっ!」
「泣いたこととか、そこら辺りのことか?」
「っ! あんた、わかっててやってるのね」
 少し赤い顔をしながら、エノリアが睨みつけるとカタデイナーゼはにやりと笑った。
「いやぁ、エノリアがあまりにも可愛いから……」
 二人でぼそぼそと話しているのを、密かに気にしているようなランにカタデイナーゼは視線を向けた。
 何か意味深な視線の向け方が勘に触ったのか、彼の眉が少しだけ動いた。
「可愛いから、これくらいなら」
「は?」
 エノリアが不快な顔をして聞き直した瞬間に、カタデイナーゼは素早く顔を傾けた。その柔かな頬に唇を押し付けて、エノリアがそれに気付くと同時に、一歩離れる。
「! レイっ!」
「許してくれるかなっと」
 にまっと笑うカタデイナーゼに、エノリアが手を振り上げる。その手首を掴んで、食らうはずだった平手を避けた。
「本当に、嫁さんにきて欲しいと思ったんだよ」
 小さく呟く彼に、エノリアの吊り上っていた眉が少しだけ落ちた。
「どうした? エノリア」
 ランからは角度的に見えなかったらしい。突然エノリアが平手打ちしようとしたのだけ、確認できたようだ。
「別に何もないわよ」
 憮然としながらも、カタデイナーゼにそれ以上のことは言えなかった。そんな目をされたら。
 カタデイナーゼはエノリアの手を離すと、視線をランたちに向けた。
「頼みたいことがあるんだ」
 カタデイナーゼは問いかける視線を受けて、口を開いた。
「キールの作った人形のことなんだけどさ」
 キールという名を口にすると、カタデイナーゼは苦い顔をした。
 彼はまた書斎の大きな机の椅子に座りかけ、立ったままの3人に目の前のソファを進めた。
 窓際のエノリアが首を振って断り、ミラールは首を静かに振った。ランが右手を上げて断る仕草をすると、レイは自分も座るのをやめて、机に持たれかかる。
「キールの人形をみただろ?」
 カタデイナーゼはエノリアの方に目を向け、そう聞いた。エノリアの肯定の仕草を確認し、そしてランに目を向ける。
「一番の人形師ってやつか」
「そう。限りなく金に近い茶色の髪と目の人形だ。あれを回収したいんだよな」
 彼はそう呟くと机に置いていた腕を持ち上げ、胸の前で組んだ。
 金色に近い髪と目の人形。
 エノリアは眉を寄せた。
 私は、それを一つだけ知っている。
 大切にしていた人形。そう言えば、あれは……母の元にあるんだろうか? まだ。
「どうしてって聞いていい? 形見とかなんとかいう雰囲気ではないわね」
 静かなエノリアの問いに、レイはどう答えるかしばらく考えて、口を開く。
「うーん……。キールの人形は危険なんだよな。あいつは、人形に思いとかを込めなかったんだ。なのに、あれだけ出来がいい人形だ。ただ、強烈な力だけが働くんだよな。
 埋められなかった隙間を、埋めようとする力が働くんだ」
「具体的にどういうこと?」
 そう聞き返すと、カタデイナーゼは誤魔化すように笑った。ランは自分の口に手を当てて、何かを思い返しているようだった。
「なんていうかなぁ……。全部が全部そうじゃねぇかもしれないけど。
 まぁ、具体的に言えば幻を見せるんだよな。思い出とかを引出して」
「全然わからないけど」
 具体的な説明を求めると、カタデイナーゼは手のひらを振った。
「普通の人形とは違うってこと。それで、勘弁してくれよ」
「で、頼みって?」
 ランがそう先を促すと、カタデイナーゼは指を胸元で組み合わせてそれをじっと見た。
「人形をみかけたら教えて欲しい」
「それだけか?」
「今、こっちで回収をしてるんだけどよ。やっぱ、かなり前の作品なんかはどこにいってるかわかんねぇんだよな。
 まだお手ごろな価格のときは、誰でも買えたわけだから」
「あの人形、高いんじゃないの?」
「まぁな……。だけど、理由は洩らさずに回収したいわけだ。うちの金、全部つかってもな。まあ、そう高くはないだろーけど」
 カタデイナーゼはそう言って、俯き加減の視線を上げた。黙ってカタデイナーゼを見る4人の視線。それに、真剣に問い掛ける。
「頼めるか」
「教えるぐらいならいいわよ、ねぇラン」
「探せってわけじゃないんだな」
「気にかけてくれてるだけで良いんだ。手紙ででも連絡してくれよ」
「水鏡は使えないのか?」
 ラスメイがそう聞くとカタデイナーゼは、首を振る。
「俺、魔術の方は全然。水魔術師《ルシタ》雇ってねぇし。まあ、城との連絡が面倒で、全部オヤジにまかせてたんだけど」
 これからはそういうわけにもいかないなぁ、と呟いてカタデイナーゼは窓の外を見つめた。
 メロサでの出来事を、4人は思い思いに返していた。はじめてあったカタデイナーゼと、今のカタデイナーゼではどれくらい立場が変わってしまっただろう。
「ま、いい領主になってよ。もう、旅人からお金をとろうなんてしないでね」
「しない」
 苦笑するカタデイナーゼに、エノリアは少しだけ笑う。
「お前らも、旅の道中気を付けてな」
 改めて、カタデイナーゼは真面目にそう声をかけた。4人はそれぞれ、頷く。
 カタデイナーゼと無表情な執事に見送られながら、メロサーデの屋敷の門をくぐりかけたとき。その門の傍らにたたずむ人物を見て、ラスメイが声を上げた。
「ナーミ!」
 声を聞いたエノリアとミラールが振りかえり、馬を止める。ややあって、ランが振りかえった。
 水色の瞳が笑みを含んだ。だが、その金色の髪は……もう風になびく事はない。
 耳たぶの下辺りまで短く切られた髪を見て、4人は唖然とした。
 ナーミは頭に落ちつき無く手をやると、笑う。
「答え、出したのよ」
 4人がそれぞれ馬から降りて、ナーミに近寄ると彼女はそう呟いた。
「巫女《アルデ》をやめるの」
 エノリアはそれを静かに受け止めた。驚いたりせずにナーミの言葉を素直に受け取る4人を前に、彼女は笑った。
「あなたたちは、驚いたりしないのね」
 苦笑と安堵の混じった声に、エノリアは微笑んだ。
「みんな、もったいないって止めるのに」
「貴方が、出した答えだもの」
 エノリアの声に、ナーミは笑った。
「そうね。ありがとう」
「これから、どうするんですか?」
 ミラールの問いかけに、ナーミは顔を上げた。
「医者に、なろうと思って」
「医者?」
「巫女《アルデ》はその知識を持ってるじゃない? せっかく宮から得た知識を無駄にはしたくないの」
 水色の瞳を毅然と上げて、ナーミは力強く言いきった。
「巫女《アルデ》であることにこだわって、失ったものがたくさんあったけど。
 巫女《アルデ》であったことを、捨てる気はないの」
 エノリアが微かに金色の瞳を見開いた。
「それも、私だから。
 それで傷ついたのも、傷つけたのも私だからね」
 ナーミはそう呟くと顔をエノリアに向けた。その水色の瞳と目があったとき、エノリアは思わず腕を上げていた。そして、ナーミを抱きしめる。
「頑張ってね」
 ありきたりの励ましだと、エノリアは思った。でも、心をこめてそう呟く。ナーミはエノリアの背中に手を回して、ぽんっと叩いた。
「ありがとう」
 エノリアの耳元で囁かれた短い言葉。ナーミは目を瞑りながら、囁く。
「貴方も」
 特に意識せずにナーミは言ったのだろう。だけど、エノリアにはその言葉が遠かった。
『傷つけたのも私』
 そのフレーズが頭を巡る。


『傷ついたのも、傷つけたのも私』

 

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