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買い物、と言っても特に買うものは無い。町から町へと旅をしているので、携帯するのは最小限で、必要なものはその町で買えばいいのだ。
ようは気分転換とでも言ったところだろうか。
エノリアが言い出したことだったが、ランは少しだけため息をつく。
「随従者の気分だ」
小さく呟いたのだが、エノリアの耳にはしっかりと入っていたらしい。
「べつにいいのよ。ついてこなくても」
「と、いうわけもいかないだろ」
ランは無意識に腰の剣に手をやった。
気になっているのは、セイのことだ。王宮関係者。
彼がエノリアを追っているのかはわからない。だけど、エノリアは狙われている身なんだということを、改めて意識させられた。
メロサの商店のほとんどが人形をあつかっているのだが、やはり服や食料を売っている店も有る。そういうところを覗いたり、小さな人形を見たりして、エノリアはふらふらと店から店へと移動する。
「何か、探してるのか?」
ランが覗きこむと、エノリアはううんと首を振った。
「別に」
「だったら、戻ろう。ラスメイもミラールも待ってるだろ」
「ラスメイ、なのよね」
「あ?」
エノリアの小さな呟きに、ランは眉を寄せた。
エノリアは手にとった人形を覗きこみながら、呟く。
「変じゃない?」
「何が? お前が?」
彼女は人形を戻すと、ランを振りかえった。彼女の手元を覗き込んでいたランは、急にエノリアの顔がこっちにむいたので、思わず一歩下がった。
「私じゃないっ。ラスメイ!」
「う……。ああ、まあな」
「まあな? まあなでいいわけ?」
「だいたいわかるよ。ラスメイがあれだけ悩むのは、自分のことじゃない。兄か母のことだろ」
「……。さすが」
(ラスメイのことはよく見てるのね……)
続けたかった言葉はエノリアの心の中で呟いた。言うと、ランを怒らせそうな気がしたからだ。絶対に皮肉な響きがこもることを自覚していたし。
「放っておいていいの?」
「……正直言うと、どうしたらいいか迷ってる」
ランは隣の露店に移ると、そこで広げられていた宝石類を眺めはじめた。
「無理に帰すべきかもしれないけど、あいつはそう望まないだろう」
「ねぇ、ラスメイって何才か覚えてる?」
エノリアはランの背中にそう問いかけた。ランが戸惑った様に顔を上げてこちらを振り向く。
「あの子、まだ10才よ? すごい力持ってて、いろんなこと背負って……早く大人にならなくちゃならなかったみたいけど」
「わかってる」
「わかっているならどうして話を聞こうとか思わないの?」
「ラスメイが迷ってるのは、自分の責任を置いてる位置を、誰よりも分かってるからだろ」
ランは並べられた指輪のうち、一つを取り上げると検分しながらそう呟いた。そしてもう一つを取り上げて、じっくりと見ている様だ。
「あいつは誰よりも責任ってやつを重視する。ラスメイ自身が納得しなきゃ、てこでも動かないよ」
「でも、10才じゃない!」
「だから、困ってるんだ。だから、いつでも見守ってるしかない……」
「あんたが10才のときはどうだったの? 見守ってもらうだけで充分だった?」
ランは10才と小さく呟いた。
「……まだ、何も知らなかったな……」
「え?」
「ニナも居て、セアラも居て……、俺はセアラに守られてた」
「に、な?」
ランは苦笑して、持っていた指輪を戻し、違う物を手に取った。それを見つめているようで、空気だけは遠かった。
「俺がラスメイに何か出来るとしたら、セアラと同じようなことだけだよ。そうしないと、ラスメイが納得しないだろ」
「で、手を差し伸べれるときは差し伸べるって?」
エノリアはそう呟くと、ランの手元を覗きこんだ。
「あんたいっつもそうなの? ……私のときもそうだったの?」
話が違うと思いながらも、なぜかそう問いたくなった。聞いてみたいと思ったら、ついつい口から出てしまった。ランはそこに含まれる感情に気付かないのか、さらっと問い返す。
「お前のときって?」
「逃げてたとき」
エノリアの声に少しだけ弱気な響きがこもった。
「差し伸べた手をひっこめようとは思わなかったの? あのとき、私を相手に渡しておいたら、こんなことしなくてよかったとか」
さすがに、エノリアの弱弱しい声に気付いたのか、ランは黙ってしまった。彼は持ってた指輪をエノリアの鼻先につきつけると、彼女は思わず身をひいた。
「何?」
「お前、赤が似合うよな。これ、嫌か?」
小さな石がついた指輪。金色のシンプルな土台に、赤の石がついてる。
エノリアは突然、あの言葉を思い出した。
ランの腰に下げられた剣の柄を見つめる。【血】の赤……。
『【血】は、シャイマルーク家にしか許されないだろ? 王様のしるしなんだろ?』
カタデイナーゼがそう言っていたことを思い出す。
指輪についている赤色と、ランの剣についている赤色。
自然険しくなったエノリアの表情を見て、逆にランは不思議そうな顔をした。
「どうした、エノリア?」
「……嫌じゃない。いやじゃないわ」
エノリアは台詞のように繰り返した。気付けばランはもう一つ、手に小さな指輪を持っていた。銀色の土台に紫色の石がついた指輪は、ラスメイの瞳を思わせる。
ランはその二つと金を無口な店員と交換すると、また歩き出した。
まだ、あの言葉の答えを聞いてない事に気付いて、あわててエノリアは背中を追いかける。と、ランは立ち止まって半分だけ振り返る。そして、エノリアに手を出した。
「手」
「は?」
「手、出せよ」
エノリアは言われるがままに、おずおずと手を出す。
そこに落ちてきたさっきの赤い石の指輪。目を丸くするエノリアに、ランは憮然と呟く。
「後悔なんてしてないからな」
エノリアは赤い石をしばし凝視し、そしてようやく顔を上げた。ランは少しだけ目元を和らげていて、微笑んでる様にも見えた。
「つまらないこと、言うなよ」
エノリアは険しい表情を崩し、笑ってしまった。
「贈り物? なんか、らしくない」
「お前が変な事言うから、つい買ってしまっただろ」
ランは顔を逸らしながらそう言う。エノリアはその指輪をはめてみた。なぜかぴったりで、また驚いてしまう。
「あんた、指輪の大きさなんて知ってるの?」
「見た感じで判断したけど?」
「よねぇ……。そこまで、器用そうには見えないわ」
右手の中指にはまった赤い石を満足そうに見つめながら、エノリアがそう呟く。
「……何かで返せよ」
エノリアはその後姿に追いつきながら、笑った。
「贈り物、ということにしておきなさいよ。返す返さない、気にしなくていいわよ」
ランは憮然とした顔をした。でも、その後に少しだけ唇を歪めて笑ったようにも見えた。
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