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I 花の香
 
 絹糸の様に細くしなやかな髪を指に絡ませる。男はその一房を手に持ち、薄い唇に近づけた。窓際に飾られた白い花が、風と共に甘い香を運び、鼻をくすぐる。
 小さな村の小さな宿。昼だと言うのに、その村はひっそりとしていた。物音一つせずに、まるで眠っている様だ。いや、時間が止まっているかのようだった。
「次はどこに?」
 小さく聞くと、美しい髪の少女は少しだけ顔を動かす。窓際の椅子に座り、外に向けていた視線をゆっくりとこちらに返してきた。
「次?」
 何を言われたのか、じっくりと考えているような反応に、男は眉一つ動かさなかった。その惹き込まれそうに美しく、純粋な輝きをもった瞳を見つめ返す。彼女は小首を傾げた。
「そう、次だ」
 彼女は少しだけ考えている様だった。静かに視線を床に落とす。その仕草と同時に、男の手から髪はするりと落ちた。銀色の光が揺れる。
「どこ……にしましょうか……」
 彼女はおっとりと呟いた。どこに?と言われても、彼女の知っている地名は少ない。考えている様にも、悩んでいる様にも、困っている様にも見える。
「あなたはどこがいいと思いますか?」
 銀色の瞳を寝台に座っている彼に向けて、彼女は薄紅色の唇で呟いた。
「お前の望むところに」
 彼はそう言って彼女の瞳を覗きこんだ。彼女は彼の黒い瞳をじっと見つめていた。彼の瞳が笑みを含むのを見つめ、そして、また外に視線を返す。
「では、フュンランへ……」
 ぽつりと落ちた一言を受けて、男は薄い唇に笑みを刻む。
「お前の生まれ故郷か」
「……そうなのですか? 私が知ってる地名を言っただけなのですが」
 少しも疑いの響きが含まれていない言葉だった。彼は頷く。
「そう。お前の国だよ」
「そう……見てみたい」
 彼女は銀色の瞳を細める。夢の様に呟き、そして今度ははっきりと言う。
「見てみたいわ」
「お前の望みであれば」
 男は立ちあがり、彼女の頭に手をそっと置いた。
「いくらでも」
 そして、その髪に口付ける。
「シャイナ……」

   
 

HOMEイマルークを継ぐ者第3話

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