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プロローグ |
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『響きこそ、力の源』
どうして、一族の中で私だけが、その響きを空気に伝える事が出来るのか、ずっと不思議だった。
必要最低限の荷の入った袋を持ち上げながら、彼は遠い目を窓に向ける。
だが、探す必要があるだろう。
叫び声が……強くなりだした。
「あなた……」
心配そうにかけられた声に、彼は振りかえる。亜麻色の柔らかな髪に紺色の瞳。大きく澄んだ瞳は、少しだけ濡れているようだった、涙で。
その彼女の腕にすがりつく様にしている少年。亜麻色の髪は彼女譲りで、金色に近い瞳は彼譲りだった。不安そうな顔で彼を見上げる。一言も発さずに。
彼は微笑んだ。彼女とその少年に。
「アリア、トーヴァ」
染み渡るような低い声で、彼は二人の名を呼んだ。彼の微笑に、二人の緊張した表情がふと緩む。
「やはり、行かれるのですね……」
アリアの悲しそうな顔に、彼はそっと触れた。アリアは精一杯瞳を開き、彼を見上げている。彼女の腕を掴むトーヴァの力がこもった。
「私は私の役目を果たさねばならないのです」
「わかっております。それを承知で貴方の元へ嫁いで来たんですもの。でも……」
アリアの零れ落ちそうになる涙を、彼はそっと拭き、その柔らかな曲線を描く頬に口付た。
「私は、貴方達こそ守りたいのです。許してください、アリア。トーヴァ」
「許すも何も……。これはただの私の我侭なのです……。私は、笑って見送るべきなのですから」
「アリア……。しばらくの間、トーヴァをお願いします」
彼はしゃがみこみ、少年の視線と自分の視線を同じ高さにした。
「トーヴァ」
少年は少しだけ肩を震わせ、また緊張した面持ちになり、彼を見つめた。
「お母さんの言うことをよく聞くんですよ」
少年はこくりと頷き、そのまま床を見つめてしまった。また名を呼ぶと、今度は涙をこらえた目で顔を上げる。彼はくすりと笑った。
「私の代わりに、お母さんを守ってくれるね?」
少年は泣きそうな目のまま、コクリコクリとなんども頷いた。その髪をくしゃくしゃとかき混ぜて、彼はまたたち上がる。
アリアの瞳を見つめた。
「では、行きます」
「……あなた」
アリアは彼に抱きつき、同じようにトーヴァも抱きついた。二人の暖かさを感じ、アリアの背中に左手を、トーヴァの頭に右手を置いて彼は呟く。
「愛してます。貴方たちを、心から」
そして、アリアの唇に口付る。
「絶対に帰ってきますよね……」
「帰ってきます。絶対に」
言葉は力だ。彼は彼女をぐっと抱きしめた。
ここに、帰ってくる。
きっと。
彼の背中を見送って、アリアは自分を見上げているトーヴァを抱きしめた。
私はわかってるのかもしれない。
彼は二度と帰ってこない……。
泣きそうな気持ちをこらえて、自分の息子を抱きしめる。
カイネ家の血。
「ユセ様……」
ずっと囚われてきたカイネ家の使命……。
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