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 セアラはそれを待っていた。
 一人で月を相手に口に笑みを刻んだ。
 愚かな者がやってくる。
 哀れな蒼い瞳の少年。人々に忘れられた存在の果てが。
「久しぶりだね…」
 その空間にセアラは声をかけた。そこには誰も居ない。
 何か、力の塊を感じるだけだ。
「元気だった?」
 端から見ればきっと、セアラが妙な一人芝居をしているとしか見えなかっただろう。
 勿論、この夜中に城に設けられた彼の部屋に、近づくものは皆無だったが。
「忘れた?……わけないよね?」
 空間が少しだけ揺らめいた。
「かわいそうに。姿を保つことも出来ないのかい?」
 かわいそうというフレーズに、微妙なアクセントを加えつつ、セアラは赤い唇で笑う。月の光がそれを妖艶に彩った。
「ゼアルークに告げることで精一杯かい……」
 赤い瞳が蒼い光を一瞬だけとらえた。が、それはすぐに消える。さもおかしいというように、セアラは笑った。
「力は届かない。それしきの力ではね……」
 セアラは月を見上げた。白い細い指をそれに向ける。
「手伝おうか?」
 セアラが何かを呟いた瞬間、その空間に淡く一人の少年が現れた。
 冷たい蒼い瞳が、セアラを貫くように鋭く光っていた。
『セ……アラ』
 押し殺したような声が、微かに空気にのった。
 その声を満足そうに聞き、セアラは頷く。
「そう、忘れてないんだ。よかったよ」
『何故、ここに』
「希代の最高魔術師だからさ」
『……ぬけぬけと』
 いまいましそうなその声を、涼しい顔でセアラは受ける。
「君こそ、何故いまごろ?」
『止めるためだ』
 冷たくひかるその瞳に、セアラは優雅に微笑んだ。
「姿を保つことも出来ぬ者が?」
『語ることはできる』
「ある程度はね。だけど、全てを語ることは許されないのではないのかい。君は、ただの『傍観者』でしかないのだから」
 赤い瞳が意味ありげに光るのを、少年は息を殺して見つめた。
『だが』
「許された領域以上に、動けないだろう? 君は、そういう役割で彼に作られたのだから」
 赤い瞳を細めて、少年の冷たい蒼い瞳を見つめる。
「動けるのは、私だけ」
『だが、貴様には!』
「彼を裏切るという決断を下したのは……褒めてあげるよ……。禁断の果実をもいだのは君だからね……」  指を唇に沿わせて、ゆっくりと置いた。
「この世界の名前は、アライアル……。どうだい、この名前の付け方は。気に入ったかい?」
『アライ……アル』
「アライアルだよ。お前が私をセアラと呼ぶようにな」
 少年は微かに目を見開いた。蒼い瞳にようやく感情らしきものが宿る。
「お気に召さなかったようだね。エルドラ」
 その名を呼ばれて、彼は蒼い瞳を細めた。痛そうに眉間に皺を寄せる。その姿を見て、セアラの唇の端が嘲るようにつりあがる。
「自ら、そう名乗ったんだろう?」
 ささやくようなセアラの声。
『貴様に……』
「私が、私こそがその名で君を呼ぶにふさわしいと思うが? 間違っているかな」
『貴様は許されぬ者だ』
 感情を写さぬ白い顔が、微かに怒気に染まる。それを興味深そうに見つめていたセアラが、口をゆがめた。
「っは…。そうだね。君に許された私への暴言などその程度のことだ……」
 赤い瞳は閉じられた。
「しかし、ここちよいね。君から、その言葉を聞くのは……」
『太陽の娘《リスタル》を殺せ』
「どちらを殺しても、また生まれるだけだよ」
『ならば、【器】を……殺せ!』
 少年はそう呟くと、興味をうせたような赤い瞳を受けて、掻き消えた。その後をしばらく見つめていたが、セアラは目を閉じる。
「あれは、私のものだ」
 気配は薄れ掛けていた。
「次の次ぐらいの満月に期待するよ」
 微かに残った力に向けて、セアラは質の悪い視線を向けた。面白いおもちゃを見つけ、どう壊すか考えているような。
「私の前に出てくるのなら、姿を保つぐらいの力は溜めるんだね。でなければ、封じるのなんてたやすいんだよ」
 脳に直接響く言葉に、セアラは笑う。
「勿論、君が居なくなっては面白くないからだよ。だって、これからだからね」
 青い月を見上げて、セアラは呟いた。
「傷をえぐられるのは、どういう気分なんだい? ……教えて欲しいね、エルドラ」
 もう一度少年の名を味わうように呼んで、背もたれに深く身を埋める。
「罪人……よ」
 空気に混じるようなその声の後に、セアラは声をくぐもらせて笑った。

 
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