「その、ランってどういう……」
好奇心が抑えきれなかったのか、カタデイナーゼはエノリアと肩を並べて歩きながら尋ねた。エノ リアがあまり機嫌がよいとは言いがたい表情でカタデイナーゼをみやるので、カタデイナーゼは誤魔化す様に笑う。
「いや、別に……」
きっと、恋人とか婚約者だとか、そういう答えを期待してるんだろうなあと思いつつ、エノリアは答えた。
「旅仲間……。恩人よ」
「恩人?」
「助けてもらったのよ。命を」
エノリアは消え入るような声で呟いた。その理由を聞いてカタデイナーゼが妙に晴れた顔をする。
「ああ、だからか」
「何が『だから』?」
少し苛立ちまぎれの声も、カタデイナーゼは一向に解する様子もなくのんびりと続けた。
「いや、あんたがそんなに必死な訳。恩人ならなおさらだよなあ」
「必死?」
エノリアはふと立ち止まった。自分の中にあるものを確認する様に、つま先を見つめた。
「私、必死になってる?」
「そりゃあ、あまり冷静だとはいえない……」
カタデイナーゼもエノリアが止まったことに気付いて、2,3歩歩いてから歩みを止めた。振りかえる。
「どうした?」
「不覚だわ……」
エノリアは自分の口を掌で覆うと、そう呟いた。何が気に入らないのか眉根を寄せる。
「不覚?」
「あんな奴の為に必死になってるだなんて……」
口の中で呟いて、エノリアは先ほどよりも幾分歩く速さを緩めて、再び歩き出した。
変な奴だと首を傾げておいて、カタデイナーゼはエノリアの歩調に合わせて歩き出す。
エノリアだってカタデイナーゼを変な奴だと思っているから、これはお互い様なのか、それともエノリアが気の毒なんだろうか?
「そりゃあ、仲間なら必死に探すだろ」
「仲間?私、仲間だって言ったの?」
「ついさっき」
「……ふぅん……」
今度は少し口元に笑いが浮かぶ。それは、カタデイナーゼの錯覚だったのかもしれないけど。
「そっか、仲間なら必死に探してもいいんだ」
エノリアは自分に言い聞かせる様に呟くと、また歩みを速めた。先々進むエノリアの背中を見つめながら、取り残された男はぽかんとした表情をしている。
くしゃっと赤毛の髪を掴んでかきまわした。
「わからねぇ……」
困惑したようなカタデイナーゼの呟きは、もっともなものだったかもしれない。
しばらく考えこみそうになったカタデイナーゼは、彼女との距離がどんどん離れていることに気付いて、背中を追った。
「まてって」
「次は誰のとこよ」
「次か」
カタデイナーゼはそう言って、考えながら歩いていた。
「そうだな。ここからだと……3人目の人形師の家が近いな。そこの末息子が……」
と、話しながらエノリアがいるはずの隣を見ると、彼女がいない。
「エ……」
探そうとして振りかえった彼は、すぐ彼女を見つけることができた。一つの店の前で立ちすくんでいる。
驚いた様に、また感激した様に目を見開いて。
「また」
止まったり歩いたり、忙しい人だ。なんて言いつつカタデイナーゼは彼女に近づいた。
「どうした。何か良いものがあった?」
と声をかけて、彼は気付いた。この店は……。
「あれ、あれあれ」
感激した声で、エノリアはカタデイナーゼに一つの人形を指し示した。こんな風にカタデイナーゼを呼び寄せるなんて、おそらく彼が誰かもあまり意識に無いのだろう。
「あれよ……。おとうさんが買ってくれた人形にそっくり」
カタデイナーゼはそれに目をやった。あれは……。
栗色の髪に栗色の瞳。光の角度でそれは金色に見える。
「あれ、金色の髪に見えたりするのよ。金色の髪と金色の瞳の人形って禁止されてるじゃない?てっきりおとうさんが特注とかしてくれたんだと思ってたけど」
売ってるのねえ……なんてのんきな彼女の声は、カタデイナーゼの耳には入っていなかった。
「若様。今日は、ご視察ですか?」
店の奥からここの主人とも思わしき女性が現れた。ああ、と返事をしてカタデイナーゼはエノリアが興味を示したその人形を顎で示す。
「こいつがあれを気に入ったみたいで」
「ああ、これですか。さすが若様のお連れさん。目が高いですねぇ」
若様のお連れさんというフレーズを、さすがに聞きとがめてかエノリアの眉がぴくりと動いた。責める様にカタデイナーゼを見上げる。
「どうした?」
本当に分かってないのか、カタデイナーゼがそういうとエノリアは諦めた様に首を振り、その女性に近づいた。
「あれはいつから置いてるんですか?私の父が同じ物を買ってきたことがあるの」
「そうなんですか。じゃあ、貴重なお買い物だったかもしれませんねえ。
メロサで一番の人形師が作ったものですよ。昔なら買えたかもしれませんが、今じゃあなかなか」
「高いの?」
「ええ、もっぱら客寄せ……っと、余計なことでしたね。
興味を示されるお客様は多いですけどね。なかなかお買いになる方は……」
「ふぅん。ちなみにいくらぐらい?」
「5000ルーク…ですね」
「なるほど」
ちなみに20ルークで最低の宿に泊まれる。いい宿に泊まっても一番100ルーク程度である。
「カッシュ5000個ってところだな」
そんなにあったら食う前に腐るな……などとうそぶく男は放っておいて、エノリアは店の主人に向き直った。
「この作り主には会えないの?是非工房を見てみたいし、話を聞いてみたいわ」
「いえ、それは……」
と、彼女は言いよどみ、エノリアの不審を誘う。
「何か?」
彼女はちらり、とカタデイナーゼを見た。その仕草がまた何かを含んでいて、エノリアの感覚に触れた。
「こいつが何か関係あるわけ?何?法に触れたりするの?」
「いえ、いえそういうわけではありませんが。大の人間嫌いでして、あまり人には会わないんですよ」
「そ……」
なんて言い訳がましいんだろうと思ったが、特に口にはしなかった。
「やはり、余所の方は工房は珍しいのですねぇ。昨日も会いたいって方がいらっしゃいましたよ」
「そりゃあ、こんなに素敵な人形だから、見てみたいと思うわよ」
エノリアは人形の顔に顔を近づけた。栗色の瞳の深さ。そこにあるのは……。
(あれ?)
何かが映ったような気がした。人影?
(不思議な人形だわ)
影が、揺れた。
(おもしろい)
何かのからくりなのだろうかと、興味をもって覗きこむ。人影は段々はっきりとしてくるようだった。
(これは……)
人影の髪の色は銀。
(シャイナ?!)
エノリアは顔を離した。その反動で後ろによろめき、カタデイナーゼに肩を支えられる。
「どうした?エノリア」
息が微かに乱れていることに気付いて、エノリアは大きく深呼吸をする。
「なんでも……」
何故シャイナの影が?錯覚なのだろうか?
「エノリア?」
店の女主人はそう呟いた。エノリアが振りかえると、ああと声を漏らす。
「昨日のお客さんだ。そんな名前の人を追いかけてた様ですよ?エノリアさん……そう、そんな響きの」
「昨日の客?」
「そう。男の方ですね。髪は黒い色で長くて。立派な剣を下げて……。お客さんのことじゃないんですかねえ、エノリアって」
ランだ。
ずいっと体を近づけた彼女に、女主人は少しうろたえる。
「ど、うしました」
「髪は一つにくくってた?何か言ってた?いつごろ?」
「え……ええ。いや、その方もその人形に興味を示されていた様で。人形師に会ってみたいとも。そうですねえ。時間は夕刻でしょうか」
私は、人形の話を、ランに、した……。
「ランだわ」
カタデイナーゼを振り返り、告げる。
「夕刻まではここにいたのよ!いなくなったのは、それから」
「だけど、変だろ。お前を探してたって……」
『お前』
そのフレーズが、何かひっかかった。
「だけど、ランよ。長い黒髪!そして、私を探してたんだわ。きっと同じようなき……」
と言いかけて、エノリアは言葉を飲みこんだ。
「き?」
「茶色の髪をしてる子を追ったのよ」
「なるほどねぇ」
カタデイナーゼに食いかかる様に言うエノリアの様子を見ながら、女主人はおどおどとカタデイナーゼに話しかける。
「若さま。何か問題でも?もしかして、み……」
「いや、心配するな」
さえぎる様に言って、カタデイナーゼは彼女を見下ろした。
「心配はいらないし、余計なことも考えなくていいから」
「……わかさま」
にっと笑って見せるカタデイナーゼに、女主人は不安そうな顔をしながらも頷いた。
「エノリア、とにかく居た事はわかったんだから、探すか」
「そ、そうね。そうしないと何も始まらないわ」
エノリアの肩を押す様にして、カタデイナーゼは店から出た。
どちらから行こうか考えあぐねているような様子のエノリアに、意見を聞こうと振りかえったとき、エノリアの様子に違和感を感じた。
一点を見つめて呆然としていたのだ。
「おい?」
訝しげに声をかけるとエノリアの唇が微かに動いた。何と言ったのかはよく分からない。
どうした?と聞きかけたカタデイナーゼの予想と反して、彼女は駆け出した。
「おい?おい!!」
慌ててカタデイナーゼはその後を追う。人ごみをすり抜け、一心に何かを追いかける様子の彼女を、カタデイナーゼは見失わない様に追いけた。
|