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 ラスメイはキャノを前にしながらも、ずっと考えていた。
(心に何も持たない人が美しいものを作る)
 懸命に話を聞くエノリアの横顔を見ながら、少女は何か別のものを見つめているようだ。
(なぞなぞだな……まるで)
 それを解かなければいけないような気がした。ナーミの悲しそうな瞳が、自分に何かを訴えているようだったから。
(闇《ゼク》を持つ者に、救いを求める?)
 考え過ぎだと、ラスメイは首を振った。
(自分と対になるものこそ、他の答えを出すことが出来るという期待というところかな……)
 こんなことを考えるなんて、さすがにひねくれ過ぎかもしれないなどと考えながら微かに息を吐き出すと、それはため息になった。
(無理だ)
 解けない。
 座っている椅子に両足も上げて膝を抱えこんだ。そこに頬を載せる。エノリアの顔が斜めになった。
(必死だな……)
 さっきから耳に入ってくる言葉は、ほとんど一緒だった。
「わからない」
「ぼうっとしてて」
「気がついたら、あの道に」
 キャノは不安そうな声で、そう呟きつづけた。彼女なりになんとか返答しようと頑張っている様だけど。エノリアはエノリアなりに必死だった。優しく問いかける声に、力が入っている。
「……何か、大事なものを追ってた気がする」
 小さなキャノの一言が、エノリアの目に光を走らせた。ラスメイもそんなエノリアの様子を見て、顔を上げる。
 窓際で様子を見守っていたミラールがゆっくりと近づいて、キャノの視線に合わせるように腰を下ろした。
「大事なもの?」
 柔らかい声で聞くと、キャノはミラールを頼りない目でしばらく見つめていたが、こくりと頷いた。
「何か、わからないけど……」
 最後は消え入りそうな声でそういって、キャノは自分の肩を抱きしめた。
 消え入りそうなのは声だけじゃなくて、その印象もだ。
(恋人を忘れたから?それだけで、こんな風に?)
 前の彼女を見たことがあるわけじゃない。けど、話を聞くにはつらつとした少女だったと……。
 ラスメイは再び顔を傾けた。エノリアの沈痛な顔を見つめて、目を細めた。
(何を、不安がってる?)
 ふと、ぐっと心臓を押されるような、胃が重くなるような気分になって、ラスメイは視線を落とした。
 エノリアを不安にさせるもの……。
(ランか)
 さらっと落ちてきた細い髪をかきあげる。エノリアはそっとキャノの肩に手を置くと、ありがとうと呟いた。
 いろいろな思いがこもった、深い声だとラスメイは感じる。
(エノリア、ラン……)
 ため息は自然に出た。膝を強く抱えて目をつぶる。
「僕はここに残って、もう少しキャノさんと話をするよ」
 ミラールの声が、ラスメイの考え事を打ち破った。はっと顔を上げると、ミラールとエノリアとカタデイナーゼは顔を付き合わせていた。
 ミラールの服のすそを、キャノが握っているのが気になった。不安そうな表情の戻らない少女の心に、ミラールの声はよほど心地が良かったのだろう。
(ま、わかるがな)
 ラスメイにもその気持ちはよく分かった。めったに聞かせてはくれないが、ミラールの歌声は彼の笛と竪琴の音色に匹敵する。
 本当に、そう滅多に聞かせてはくれない。それが不思議ではあるのだが。
「それじゃあ、次の人のところに行く?」
 少しそわそわとしながら、エノリアはそう言ってカタデイナーゼを見た。
「いいのかよ?すぐにでも探したいんじゃないの?」
 カタデイナーゼの言葉に、エノリアの頬が微かに紅潮した。見破られたのが悔しかったのだな、なんて外で分析しつつ、ラスメイは話の輪から離れていた。
「そりゃ、心配は心配よ。でも、だいたい捕まったならランが迂闊過ぎるのよ」
(そうでも言わないと、気持ちはおさまらないというとこか)
「私はちゃんと仕事はこなすわ」
(無理、しなくていいのに)
「ラスメイはどうする?」
 急に話しかけられて、ラスメイは少しだけ目を見開いた。
「う、うん」
 どうする?
(ランを探しに行きたいけど……)
 ラスメイは視線を上げた。エノリアの金色の瞳が優しく微笑む。
「一緒に行く?」
(でも)
 ラスメイはふと視線をそらし、また床に落とす。
「ミラールと一緒にいる。エノリアは、カタデイナーゼと一緒なら大丈夫だ」
「……そう」
 少し残念そうな顔をしたけれど、エノリアは基本的にラスメイの意見を尊重してくれる。エノリアだけでなく、ミラールもランも。
 それが、ここちよかったりするのだけれど。
 エノリアの腰にある細身の剣が少しだけ気になった。
「それじゃあ、キャノさんをよろしく」
「うん」
 ミラールと同時に返事をしてから、ラスメイは膝を放し、足を床につけた。
「エノリアも、気をつけて」
 エノリアは、にこっと笑って見せた。
(光《リア》を司る者か)
 ラスメイはそれをまぶしそうに見つめる。手探りで、椅子に立てかけていた杖を取り上げた。
 すでに、エノリアはカタデイナーゼと何か一生懸命に話していた。声はするのに届かない。
 その金の瞳。闇《ゼク》に隠れた金の髪。
(コトワリ)
 ジェラスメインはこつんと額に杖をあてた。
(創造神《イマルーク》は光《リア》を求める……か)
 金色の瞳には、生命の力強さが宿る。
 ラスメイは紫色の瞳を閉じた。
 大好きなのに、切ない。
(なかなか、複雑だな)
 ラスメイはもういちど、こつんと額に杖を当てる。
 そうして目をあけると、もうエノリアの光《リア》はそこにはなかった。

(呼んでいるのか?)
 封印の名?
 違う。名に宿るはずのものが違う。
 名乗りなさい。
(それは、もう捨てた……)
 本当の名を。
(『あれ』と共に捨てたんだ)
「捨てきれぬ」
(……誰だ?)
「捨てることなどできぬ。その血がある限り」
(望みはしなかった)
「いつまでたっても逃れられぬ」
(……そんなこと、誰も言わなかった)
「えぐり取っても、その身からは消えぬ」
「痛みしか得られぬ」
「痛みもじきに、消えようが」
(誰だ……お前は)
「お前こそ、誰だ」
(俺は……)
「表層でしかない」
「殻でしかない」
「器でしかない」
(うるさい……その言葉は)
(嫌だ……)
 苦しみはもういらないでしょう?
(何だ……)
 このまま、ここに居れば良いわ。
 あなたが望むものは。
 開放ではないの?一切からの。
「つまらぬ望み」
(混乱……してる)
 凍結。
 忘却。
 逃避。
(ここちのよい……子守唄のようだな)
 それをあげるから、私の元でずっと聞かせて。
 ずっと貴方の望む安らぎをあげるから。
 ずっと語りつづけて、その美しさを。
(もう、眠る……)


(心配するな……)
(心配?)
(誰が――心配するんだ?)

   (誰が?)


 

 
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