少しでも美しいものをそばにおき。
少しでも夢を見ていられるのなら、
そうすればかなうのだろうか?
そうすればこの身に宿る醜さを、
洗い流すことができるのだろうか?
そうすれば許されるのだろうか?
君の隣にいることを……。
◇
ジェラスメインは重い扉を体全体で持たれかかるようにして開け、その薄暗い部屋から出た。
背中の後ろで扉のしまる音がする。それを聞きながらしばらくうつむいてその場に立っていた。
紫色の瞳がうっすらと濡れている。うつむいたまま、その場にしゃがみこもうとしたとき。
「どうしたんだい。お嬢ちゃん」
ラスメイははっとして振り向いた。
そこにはカタデイナーゼが立っていた。こっちを見ていた優しい瞳に、心配そうな光が走った。
「どうした?」
「そこに、いたのか」
ラスメイは呟く。別室で待っているかと思った。
「まあ、待つことはそんなに苦にならないから…って、嬢ちゃん。話を誤魔化そうとしても無駄」
「誤魔化そうと思ったわけじゃない。そんなところで待っていて寒くなかったのか」
「別に寒くはなかったがな。夕食が出来てる。付き合わないか?」
カタデイナーゼはラスメイに近づき、片ひざを付き、視線の高さを同じにして、神秘的な紫色の瞳を除きこんだ。
「ん?おいしいデザートもあるぞ」
優しい囁きに、ラスメイは少しだけ笑ったようだった。
「私が断ったら、レイが一人で食べなくちゃならないっていうのなら、付き合おう」
カタデイナーゼは軽く目を見開いた。
その寂しさを知っているということは、この少女は何度か一人で食事をしなくちゃならなかったってことだろう。
「そうだな。やっぱり、綺麗なお嬢さんを前に食事が出来るってのは、かなり嬉しいんだけどね」
「いいだろう」
ラスメイは軽く微笑むと、カタデイナーゼの差し出した手を、ぎゅっと握った。
力いっぱい握っているような様子に、カタデイナーゼは少しだけ心配になった。すがり付いているような感じを受けた。
「レイには、兄弟とかいないのか」
ラスメイがそう呟いた。
「……。いた、らしい」
「らしい?」
「双子だったんだ」
ラスメイはカタデイナーゼの顔を覗き込もうとして止めた。どんな表情であっても、見ては行けないような気がしたからだ。
「それは……」
何と言ったら良いのかわからなくて、先が続かなかった。
双子を忌む風習は、まだ色濃く残っている。これだけ、地位の高い家なら、二人とも育てるなど、もってのほかだっただろう。
長い沈黙の後に、ラスメイは小さな声で聞く。
「生きているのか」
ラスメイの質問に、カタデイナーゼは歯切れの悪い返答をかえした。
それでも何か答えなくてはならないと思ったのか、また長い沈黙の後にこう呟く。
「生まれたときに、これからどう扱われるかが、決まってしまうなんてな…」
思わずもらした言葉。
ラスメイに向けて話しているようではなかったが、ラスメイにその言葉の一句一句はきちんと伝わっていた。その意味も、よくわかった。
「運命なんて言葉は、そういう理不尽さを片付けるために作られたんじゃないかって思うね」
ラスメイはそっと視線を落とした。その通りだという返答の変わりに、カタデイナーゼの腕に抱きつく。
返答を求めているわけじゃないカタデイナーゼの言葉は、ラスメイの心にずしんと響いた。
「お嬢ちゃん?」
「運命なんて言葉……大嫌いだ」
カタデイナーゼからは、うつむいたラスメイの表情はわからない。
「大切なもの、奪ってく。私は二つの腕を持ってるのに、大切なものは一つしか守れない」
カタデイナーゼの腕を抱く力が、少しだけ強まった。彼はそんな少女を見下ろしながら、その腕に感じる暖かさが、すごく頼りない物に思えた。
「二つとも守りたいのに、二つとも大切なのに」
カタデイナーゼの脳裏に、【水鏡】のある部屋から出てきた直後の少女の様子が浮かんだ。
「方法はたくさんあるさ」
カタデイナーゼは苦笑した。
「お嬢ちゃんが思いもしない方法があるかもしれない」
そう言いながらも彼の目はうつろだった。
「な、お嬢ちゃん。やりたいようにやってみるのも一つの方法だ」
ラスメイは何も答えずに、ただしがみついていた。
中身のない言葉を見透かされているような気分になって、カタデイナーゼは自嘲的な笑みを浮かべた。
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