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 現・太陽の娘《リスタル》は、前・太陽の娘《リスタル》が創造神《イマルーク》に召されて、 1ヶ月後、この世界に生まれた。
 彼女の金色は、彼女の性格をあらわすように薄い色をしている。
 ナキシスは侍従筆頭を初めとする4人の侍従達を連れて、王城の冷たい廊下を歩いていた。4人の侍従の中には先ほどのナコスもいた。
 門と三つの宮を頂点とした四角形の真中に、城は建っている。城壁は宮を含めて、その外をぐるりと囲んでいるのだ。
 だから、城に召されると言っても敷地は同じで、城壁から出ることはない。
 王にお茶会に招待されるのは、先の王のときはしばしばあったが、ゼアルーク王に変わってからは、 めっきり減ってしまっていた。
 ゼアルーク王はこういうことを好まないのかもしれないと、ナキシスは勝手に決め付けていた。実際、民に向ける顔と城内の顔ではかなりのギャップのある人だったから。
 だから、珍しいと思ったのだ。
「そう、ダライア様は呼ばれているのですか?」
 ナキシスは振りかえらずに、抑揚のない声でそう聞いた。侍従筆頭であるイラカ=フォンヌ=ヴィリスタルニアが、低めの声で否定するのを聞きながら、大地の娘《アラル》の顔を思い浮かべる。
 今年、50才になると言う侍従筆頭は、いかめしい顔をしている。ナキシスの侍従達を含む仕える者 《ニア》達の、お目付け役であった。
 このいかめしい顔をした侍従にも、昔はたくさんの求婚者が居たと言う話を聞く。恋か宮への忠誠かでずいぶん悩んだ時期もあったと聞くが、今では仕える者《ニア》達の話の種になっていた。
 それを聞いて、皆、夢を見る。
 あのイラカ様でさえ……と。
 仕える者《ニア》にも結婚は許されている。
 だが、娘達には許されていない。ただ一人を相手とする場合を除いては…。
「いらっしゃらないの?」
 そう答えながら内心ほっとしていた。あの宮の長老といわれる存在が、ナキシスは苦手だった。
 あまり好意を持たれていないことが伝わってくるので、どう接すればよいか戸惑ってしまうのだった。
 おそらくそんな態度がまた、ダライアには気に入らないのだろうということもわかっているが、どうしようもない。
「では…シャイナ様は?」
「シャイナ様は…しばらく患っていらっしゃるとか」
「噂では、宮から居なくなられたとか聞きましたが」
 まだ若い侍従がそう言って、イラカのきつい視線を受け、縮こまってしまった。
「居なくなったとは?」
 ナキシスが初めて振り帰って問うと、イラカに視線で咎められた侍従は困ったようにうつむいた。
「……噂です、ナキシス様。お気にせず……。ご病気だとお聞きしております」
 イラカはそう言うと、しばらくしてナキシスは頷き、前に向き直る。
(どうでもいいことだわ)
「そう……。お見舞いにいくべきかしら」
 その一言は礼儀に関してのみで語られている。ナキシスはあまり、ほかの娘達に興味がなかったのだ。
 病気だろうが、居なくなったのだろうが、どちらでもかまわない。
 シャイナが居ない分だけ儀式や拝礼のとき、自分の役が増えてしまうことのみが、面倒なだけである。
「私が一応、先駆けまして挨拶に参りましたところ、拝謁することもかなわぬほど、重病だとかで」
「そう。大変ですね」
 感情のこもらぬ声でそう言う。「大変ですね」も「関係ないわ」もどちらも同じような口調で話しただろう。
 ナキシスはふと足を止めて、中庭に面した窓へ寄る。お茶会とは言っても、そう急ぐことはない。
 陛下を待たせることになっても、急にいいだした陛下が悪いのだという言い訳を、心に留め置いた。
「でも、心配することはないでしょう。…シャイナ様が召されても、新しい月の娘《イアル》が生まれるだけ……」
 つぶやいた言葉に、侍従達はざわめいた。
「ナキシス様」
 仕える者《ニア》達にそうするように、激しく叱咤することができなくて、イラカは困惑したように囁く。
「本当のことでしょう?」
「ナキシス様。そんなことを言って、イラカを困らせないでくださいまし」
「イラカは、太陽の娘《リスタル》に仕えるのは、私で三代目でしょう?」
「な、ナキシス様」
 ナキシスは薄く笑うと、中庭に目をやる。白い花が一面に咲いていて、清楚な感じのする中庭だった。
 そこに、人影があった。庭師かと思ったのは、その人物が花を手折っていたからだ。しかし、遠目からもわかる気品が、そうでないことを物語っていた。
 珍しい色の髪……。
 ナキシスの興味はその人物に移り、窓枠に両手を置いて見下ろす。
「イラカ」
 先ほどまで困惑していた侍従筆頭も、すぐに立ち直って彼女の後ろに寄った。
「なんでございましょう?」
「あれは誰か知ってますか?」
 白い花の中で、乳白色の頭がゆっくりと移動していた。美しい顔をしていて、顔だけでは男か女か判別しにくい。
 花の丈が少々低いところにその人物が移動して、やっと男だと確信する。イラカが微かに首をかしげた。
「いえ……、どなたでしょう?」
「中庭の花を許可なく手折っているのだったら、追い出さねばなりませんね」
 さすがに侍従筆頭ともあって、イラカはナキシスの意図を汲んだ。2階の窓から、中庭の男に大きな声をかける。
「そこの方、王宮では見かけぬ顔だが、何をしておられる!」
 無礼というまでいかぬように、そしてあまり丁寧すぎもしないように配慮して声をかけると、その人物はやっと顔を上げた。
 ナキシスは目を見開く。
 美しい……赤い瞳。無表情だった目が、こちらにむけられて徐々に、優しさを含む。
「花を、もらおうと思ってね」
 彼はにっこりと微笑んでそう言った。よく通る声は、それほど大きな声を出さなくとも、2階の窓辺まで届いた。
「ここは、陛下の庭。許可なくして、手折ることは許されていないが!」
 イラカの詮議に、彼は微笑を絶やさない。
「うむ、そうだろうねえ。だけど、陛下の許しは頂いてる」
「では、王宮の方か!」
「居候ってとこかもしれないけど?」
 イラカはナキシスを見た。この先どうすればよいか、聞いているのだ。
 ナキシスは、イラカにうなずくと、彼女を下がらせた。
「居候とは?陛下のお客様?」
 太陽の娘《リスタル》の出現に、彼は眉一つ動かさない。
 ナキシスは内心驚いた。自分が太陽の娘《リスタル》だと知って、なんの反応も示さない人間に、はじめてあった気がする。
「お客様……かな。囚われの身ってとこ?」
「そなた!太陽の娘《リスタル》に向かって、なんて口を!」
 気色ばむイラカの顔を、彼は面白そうに見ていた。ナキシスはそんなイラカを、抑えて下がらせる。
「そうか、君がナキシス……だね?ここからは、髪や目の色がわかりにくくて」
 ナキシスは少し眉をひそめた。近いものでないかぎり、名前で呼ばれるのはあまりいい気分ではない。しかも、呼び捨てで。
「……お前は何者です」
 赤い瞳。伝説の魔術師と同じ赤い瞳。
 ナキシスはあの話を何度も読んだ。颯爽と現れた魔術師が、嵐を呼び雷を生み、初代国王レーヤルークに刃向かう軍隊を一人で一掃する場面。
 彼はにっこりと微笑んだ。
 静かな水面に何かが落ち、波紋を描く。そんな風景が急に浮かんで、ナキシスは首を振った。
「君の予想通り」
 通る声は、なぜかナキシスの頭を通りすぎる。
 ナキシスは自分が身を乗り出すようにして彼を見ていることに気づいた。
 赤い目。整った顔。何よりも、常人の持ち得ない風格。
「ナキシス。ゼアルークが待ってるんじゃないかい?早く行かなくてもいいのかな」
 優しい声がナキシスの耳にやっと届く。
「……セアラ様?」
 彼は地面に横たえていた白い花を両手にいっぱい抱えると、ナキシスを振り仰いだ。ナキシスの言葉に彼は肯定も否定もしない。
「はじめてあったときは、まだ小さかったけど。大きくなったね。ナキシス」
 ナキシスはぼうっとして彼を見つめていた。ずっと憧れつづけた存在が、伝説の存在が目の前に居る……。
「美しく成長したものだ」
 優しく光る赤い瞳に惹き付けられるように、ナキシスは見つめていた。
 何か、言わねばならない。
 ナキシスは妙な焦燥感にあおられて、口を開いたり閉じたりした。
 何か、言わねば。
 その様子を見ていた彼の赤い目が、優しく微笑んだ。
「また、会えるね?」
 彼はくるっと背を向けると、颯爽とした足取りで廊下のほうへ歩いていってしまった。
「あ……」
 行ってしまう。
 ナキシスはあげかけた手を、押し留める。きゅっと拳を握り締めて、唇を閉じた。
 彼の背中を見えなくなるまで見つめていたナキシスを、イラカは不安げな顔で見つめていたのだった。
 
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