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「それで、カタデイナーゼさんは何を頼みたいんでしょうか?」
 馬鹿丁寧な調子でエノリアが聞くと、彼は肩を竦めたが、諦めたように息をつく。
「ちょっと待ってくれよ。あんたたち、ちゃんと俺に自己紹介してないだろ?だから、 きっとギクシャクしてるんだよな。な?」
 同意を求めて振りまかれる笑顔に、ミラールは眉を上げた。
(理由はそれじゃないと思うんだけどなあ……)
 言葉は違うが、内容的に同じことをエノリアも思っていただろう。
 レイは額に手を置くと思い出すように、うなり出した。
「うーんと、あんたがエノリアだったな」
「エノリア=ルド=ギルニアよ」
「んで、ミラール?」
「ミラール=ユウ=シスラン」
「んで、嬢ちゃんは?」
 ラスメイはちょっと身を乗り出した。
「ジェラスメイン=ロード=キャニルスだ」
 名字まで名乗ったことに、エノリアとミラールはラスメイの表情をうかがったが、カタデイ ナーゼはその名に反応しなかった。
「うんうん。わかった。大丈夫。
 これで、ギクシャクしないだろう?」
(あんただけだ)
 内心そう思ったのがまたまた二人ほど居たが、カタデイナーゼはかまわずに話を続ける。
「最近、よくメロサ内で人が攫われるんだよ」
 表情も変えずに、カタデイナーゼはそう言った。そうして、そう言ったきり黙りこんで、 三人の表情を見まわした。
 エノリアはふと、あのときの子供の歓声を思い出した。『さらわれるぞ〜』
 あれはこういう事件があるからからか。子供と言うのは敏感である。
 なんとなく探り合うような沈黙が続く。彼の次の言葉を辛抱強く待っていたが我慢でき なくなって、エノリアが少しだけ身を乗り出した。
「で?」
「うん、それだけなんだけどな」
 あっさりいう男の顔には、他に何も含まれてなかった。
 エノリアは思わずこぶしを握り締めた。カタデイナーゼの目の届かないところで。
「カタデイナーゼさん?状況しか聞けなかったと私は思うんだけど、その一言にもしかして、結果とか原因とか含まれてたのかしら?」
「結果?原因?」
「攫われてどうなったとか!どうして攫われたかとか!それで結局私達に何をしてほしいとかよ!」
 息をつかず一気にそうまくし立てて、エノリアは窓に寄りかかり、視線を空に向けた。
(このボケ振りが演技だったとしたらそれこそ賞賛ものだけど、本気だったら救いようがないわ)
「そうだな…。そう言えば言ってなかったな」
「文にすれば20字から30字分ぐらいしか聞けていないと思うんだけど?」
「う……んとだな…。そう、ことの始まりは15日ほど前かな…。この町で2,3位を争う人形師のザックラが突然行方不明になってな。
 あ、このザックラって、結構酒好きで俺の行き付けの酒場によくくるんだけどよ。どうして、あんな顔からあんなきれいな人形を作れるか謎なんだよなあ。いつもカウンターで 一人飲んでてさ、俺も一人で行った時は声かけてるんだけどよ。
 なんか最近、女房と上手くいってないとか愚痴るんだよなあ。あ、そうそう、娘が一人居て、茶色の髪に綺麗な水色の目をしてるんだけどよぉ。これがまた奴の血をひいてるとは思えないほど…」
「んああ!ちょっと、あんた!要約って言葉知らないの!?だれが、ザックラの家庭環境を知りたいって言ったのよ!」
「いや。詳しいほうがいいだろ?」
「程度によるわよ!」
 金色の目が諦めたように空をさまよい、ミラールに向けられた。
「ねえ、カタデイナーゼ。ひとつずつ聞くから、それに答えてくれるかな?」
 ミラールがエノリアの視線の意味をくみ取って、まだ、とげの抜けない口調で彼に言う。
「そうしたほうがよさそうだな」
 そう言うカタデイナーゼの表情には悪びれたところは少しもなかった。
 ミラールは一息ついた。そのため息の原因も、おそらくこの男には図れないのだろう。
「攫われたのは何人ぐらい?それから、『よく』って言ったけど、どれくらい頻繁なの?」
「そうだなあ…。今までで13人ぐらいかな。1日に二人だったり、一人だったり、誰も攫われなかったりだ。いや、ちょっと攫われたってのは……違うか。行方不明になるんだ」
「どうして、攫われたってことになったの?」
「最初のザックラの時はさ、行方不明だって騒いでたんだよ。だけど、それが一人二人と続いてよ。行方不明じゃないくて攫われたんじゃないかって騒ぎ出したんだよな。んで、 ザックラが二日後にふらっと戻ってきてよ」
「戻ってきた?」
 エノリアとミラールの声が重なった。ラスメイだけは口も出さず、ただお茶の香りを楽しんでいるようだ。
「そう、どこからかふらっとね。んで、今までどうしてたんだって聞くと、ぼうっとした様子で、わからないって言うんだ」
 エノリアは自分のあごをつまむ。
「……じゃあ、行方不明になったって人は戻ってくるわけ?」
「ん…。そうだな。最後に行方不明になったのは、公園の近くに工房をかまえる人形師の娘だ。その子が戻ってくるなら、全員って言えるな」
「変な話ね」
「そ。それから変なのはその後さ。帰ってきたやつは、人が変わったようになっちまう。 ザックラは前みたいに美しい人形が作れなくなっちまったし、娘や女房のこと、忘れちまった」
「記憶喪失?」
 ラスメイがカップを両手ではさみながら、カタデイナーゼをみやり、やっと話に加わった。
 カタデイナーゼは取っ手など気にせずに、カップをわしづかみで持ち上げた。
「いや、どうも違うんだよなあ。だって、自分のことは覚えてるんだぜ?人形の作り方とかもな。
 忘れたのは、娘とか女房のことだけ。あと、美しい人形の作り方か……。あれは感性の問題だろうけど?おい、この菓子も食えよ。美味いぞ」
 男は無骨な手で、お茶菓子をラスメイにすすめる。
(そんな都合のいい、記憶喪失があるのだろうか?)
 エノリアは眉を寄せると、形の良い顎に手をかけた。
 ますますおかしな話だ。
「俺らもさ、さすがに自衛団とか組んで、町を見まわっててさ」
「もしかして、さっきの…取り巻きのこと?」
「取り巻き……?ああ、そうか、そう見えたかな」
 エノリアは思わずうめきそうになり、それをこらえた。
(役に立たなさそう……)
「だけど、人が居なくなるのは時間には関係ないし、突発的なんだ。年齢も性別も職業も関係なくてな」
「それを、解決しろって話?なんで私達に?」
「手伝ってほしいって言ったのさ。あんたらなら請け負ってくれるかと思ってね。あんたは風魔術師《ウィタ》だろ?
 そして、そこのお嬢ちゃんが只者ではなさそうだからな」
 ラスメイがふと顔を上げ、カタデイナーゼを見つめた。
「どうしてそう思う」
「勘だよ。俺の勘に根拠はないが、結構あたるんだ。それで、あんたたちは引き受けてくれるんだろ?」
 断ってやろうかと思ったが……。
 ミラールはため息をつき、前髪をかきあげた。
「ランのこと、とやかく言えないなあ。僕も案外お人よしみたいだ」
「じゃあ」
 少し希望を持った視線を避けるように、ミラールは棚に置かれた飾りに目をやり、小さな人形を軽く指で弾いた。ことっという軽い音と共に倒れた人形を、また元に戻す。
「もう一度聞くよ?なぜ、僕達なんだい?
 メロサは小さな町だけど、魔術師がまったくいないってわけじゃないだろう?
 あんただって、剣に関しちゃあ、かなりの使い手だと思うけど」
 そうして、カタデイナーゼをみやったミラールの見透かすような茶色の瞳と、彼の明るい茶色の瞳がぶつかった。
 カタデイナーゼはふと笑った。
「言っただろう?あんた達の力を見こんでだよ」
 他に何かあるんじゃないか?と思ったが、ミラールは聞くのをやめた。
 この男が隠しとおせるほど器用ではないと思ったということもあるし、器用でないこの男が隠すことなら、よっぽどのわけがあるのだろうとも思ったからだ。
 そういうことは、少しすれば、ばれるものだ。
「どうするの?」
 エノリアがミラールのほうを向く。
「僕はかまわないよ。どうせ、ランと合流して話をすれば、『放って置けない』ってことになるだろうし」
 ミラールは視線をラスメイに送った。ラスメイは上目遣いに二人を見ていたが、ふっと視線をカップに戻す。
「私は構わない。ミラール達に任せる」
 そう言ってそのお茶を飲み、小さなお菓子に手を伸ばす。
 エノリアは視線をカタデイナーゼに向けた。
「協力するわ。できるだけ」
「ほんとか?」
「ただし、条件があるわよ」
 カタデイナーゼが何だと聞くと、エノリアはにっこりと微笑む。勿論、得意の営業スマイルだったが。
「報酬と、宿の保証」
「妥協案2だぞ?報酬はなしだ」
 ちゃんと覚えていたか……、エノリアは内心、舌打ちをしつつ笑顔を保った。
「『譲歩案』でしょ?請負料はただにしてあげるわよ。必要経費ってものがあるでしょう?」
 カタデイナーゼはそんなエノリアを見て、おかしそうに笑った。
「しっかりしてるな」
「勿論」
「ほんと、嫁にこないか?親父が安心するぜ」
 エノリアは余裕の微笑を見せた。営業だと思えば、何も怖くない。
「お金につられるほど愚かじゃないの。それに、私の好みはあんたと正反対なのよ」
 
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