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「さらわれるぞ〜!」
 歓声が上がり、子供達がエノリア達の脇を駆け抜けていった。男の子が何度もそう叫び ながら、その団体を追いかけている。
 それをエノリアは目で追った。
「追いかけっこにしては物騒だね……」
 ミラールが呟く。
 しばらくして、その男の子の母親らしき人が、首根っこを掴まえ怒鳴り出した。
「そんなことを言ってないで、家を手伝いなっ!!」
 どこも、一緒だなあと思いながら、エノリアはその様子をほほえましく見ていた。
 勿論、エノリアはそれを窓から見ていた側であるけど。
「この町じゃあ、子供のときから技を仕込まれるのさ」
 前を先導するように歩いていたカタデイナーゼが顔だけ振り向いた。
「そうやって、技術を守ってる」
「あんたはどうなのよ。人形作れるの?カタデイナーゼさん」
 エノリアはその名前をはっきりと発音してやった。どうやら、この赤毛の男は、そう呼ばれるのを苦手としているようだ。顔をしかめて、苦笑する。
「やめてくれないかなあ。……まだ根に持ってるのかあ?」
「根に持つとかそういうことじゃないわよ。あんた、さっきまで、私達に喧嘩売ってたじゃない」
 エノリアははっきりとした声で、言う。
「そんな人とすぐに親しくなれると思ってんの?そんな奴には嫌がらせしたって構わないのよっ」
「悪ふざけが過ぎたって反省してるじゃないか」
「悪ふざけ?は〜ん。あんたもランと一緒だわ。言葉の意味を間違って覚えてるようね」
「ラン?」
「もう一人いるのよ。単純明快を座右の銘にしてそうな仲間がね。あんたときっと気が合うわ」
 それは皮肉だったのだが、カタデイナーゼは大声で笑うと、それは会ってみたいなあと言った。
(この世で一番幸せな人って、皮肉の通じない人間だわ)
「まあ、許してくれよ。本当に、あそこは興業は禁じてるんだ。俺もさ、ちょっと悪ふざけしすぎかと思ったけどよ。
 あんたら、骨がありそうな奴らだったから、いじりたくなってな」
「ふっざけないでよね。ミラールは殴られるし、私はあんたのおかげで不快だったわ。鳥肌が立つって、あのことよ」
「いやあ、あんたが合格ってのは本気だけど」
「じょーだん言わないで。願い下げよ」
 ふんっとそっぽを向くエノリアに、カタデイナーゼはにやりと笑った。
「あんたみたいな綺麗な女、見たこと無かったからさ」
「ありがと。だけど、本当のこと言われて、浮かれるほどお得な性格してないの」
「ほんと、ますます好み」
 舌なめずりしそうな声に、エノリアは彼を睨んだ。
「怒った顔も綺麗な女こそ、美人って言うんだと思うなあ」
「前言撤回だわ。あんたはランとは似てない。ランは、そんなこと言えるほど器用じゃないわ」
「誉めてくれてるのか?」
 うれしそうな男の声に、エノリアは間髪要れずに反論した。
「皮肉もわからないの?!」
「カタデイナーゼ」
 横から少し低めの声が二人の間をさえぎった。
「あんたの口説き方はよく分かったから、他の話を聞きたいんだけどな」
 ミラールがまた少し怒ったような顔で、赤毛の男を見ていた。ラスメイがその隣で、会話には興味なさそうなかわりに、周りをきょろきょろと見まわしている。
「だからあ、その名前で呼ぶなって」
「レイって呼んで欲しいなら、エノリアにちょっかい出すのやめろよ」
「……やっぱ、あんたの女なんだな?隠さなくたっていいんだぞ」
 ミラールはわざと大きなため息をつく。
「そういうことにしておいていいから、やめろって」
「なんだよぉ。気になる言い方だなあ」
 好奇心がカタデイナーゼを支配する。だが、ミラールはその好奇心を満たしてやろうとは思わなかった。
「あんたと僕達の出会い方は最悪だった。これから少しでも信頼関係を結ぶんだったら、それなりの礼儀を見せたらどうだって言ってるんだよ」
 彼にしてはかなりきつい言い方だったが、そんなことをカタデイナーゼが気にするはずがない。
「ふむ、一理あるな」
 肩透かしを食らうほどやけにあっさりと納得し、カタデイナーゼはまた前を向いた。
「話は、屋敷でする、もうすぐだ」
 そう言ったきり、こちらを向こうともせずに案内役に徹した。
 もしかして、思ったことを思った通りにしてるだけなのかもしれない……。
 そう考えて、エノリアとミラールは顔を見合わせた。
「なんて簡単な……」
 そう呟いて、くすくすと笑い出した。
 そんな二人の様子を不思議そうにカタデイナーゼは見ていた。
 

 本当に彼はこの町の領主の息子らしい。
 案内された屋敷は、それは立派なものだった。セアラが住んでいた【緑の館】やジェラスメインの住んでいる館と同じぐらいに…。
 シャイマルーク国は王家が支配する。町は王によって選ばれた武官・文官が派遣され統治する。小さな町は近くの町の管轄となる。たとえば、オオガはシューラの管轄であった ように。
 武官・文官は試験によって選ばれるので、そこに血統は関係しない。
 勿論、王家と血縁のある貴族という身分もあるが、試験とは関係ない話で、文官・武官となれるわけではない。貴族と言っても特権などなく、一般市民と違うのは持っている土地の大きさぐらいのものである。
 試験だけでなく、王が取り立てることもあるので、そういうところで血統が生かされることもあるらしい。
 だが現国王・ゼアルークは徹底した能力主義であった。能力もなしに、血統をちらつかせて不興を被った者も数多く居ると聞く。
 ただ、魔術についてはキャニルス家との結びつきは強すぎて、いまいち徹底できていないようだ。勿論、キャニルス家は代々、優秀な魔術師を輩出してきたという事実があるか らというのも、その根底にあるのだが。
 一方、フュンランは領地ごとに領主を置き、統治を認めている。そして、それは血統で受け継がれるのだ。メロサは隣町を含めた小さな領地である。
 勿論、民から兵士を募ったりもしているが、要職につくのは領主の息子や王族の血縁だったりすることのほうが、断然多い。
「だから、こんな馬鹿息子でも大きな顔してられるのねえ」
 聞こえるようにエノリアはそう言ったものだった。
「そうそう、甘い環境は人をゆがめるんだよなあ」
 と、本人が相槌を打つから、取り付く島もない。
 屋敷に入ると執事がでてきて、『お帰りなさいませ、若』などと言う。
(わか!)
 一人で吹き出したエノリアを、執事はとがめるようにチラッと見、すぐに視線をカタデイナーゼに向けた。
 それに慇懃無礼に『うむ』なんて言う彼の姿に、今度はミラールがこらえきれずに吹き出した。
「お客様ですか」
 執事は笑いをこらえている二人と一人の少女に、何にも動じなさそうな灰色の目を向けた。
「そう、宿は決まってるらしいから、茶ぐらい用意してくれるか」
「かしこまりました」
 そう言って奥へ引っ込んでいく執事を目で追っていると、レイが階段に足をかけた。
「上だよ」
 それについていくと、豪華な調度品のある部屋に通された。応接間らしい。
 レイは適当に座ってくれと言って、ソファに座った。なぜか同じテーブルにつきたくなくて、エノリアは窓際へより壁にもたれかかった。
 ミラールは低い棚の近くに陣取り、ただラスメイだけがソファに座った。
 しばらくして一人の女性が現れ、無言でお茶を人数分テーブルにおいて、出ていった。 その動作を目で追い、扉がしまるとエノリアは口を開いた。
「あんた、いつもあんな風にお金を巻き上げようとしてるわけ?」
 エノリアの詰問に、レイは乾いた笑いを見せた。
「いや、いつもってわけじゃない。気が向いたときと、金がないときと、相手が強そうなやつだったときかな」
「今回は金がなかったってことか……?」
 ラスメイはにやにやと笑いながらそう言った。どうやら、彼女はこの無作法な男に、嫌悪感は抱いてないらしい。むしろ好意を抱いているようだった。
「そそ」
「迷惑な話だね」
 ミラールのため息まじりの声に、レイは笑った。
「まったくだ」
 その答えに軽く眉を上げたが、反論するのはやめた。
(調子が狂う)
 言うことにひねりがなくてかえって、つかみ所がない男である。聞こえるように二人はため息をついた。

 
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