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II 幻影 |
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ランは一人でラルディを引っ張り、歩いていた。何か歩いてゆっくりと考えたい気分であったからだ。メロサへ向いつつ、さっき会った男のことを考えている。
セイ=シャド=レスタと名乗った男のことを。
薄い茶色の髪と、冷たい色しか浮かべない紺色の瞳。
そうして、落ち着いた低い声は、人を従わせるのになれている響きがあった。
(兵士なら、幹部級だろう)
王に面識があるようだったし、若くしてあの落ち着き。
(それに…)
少しだけ背筋に奮いが走った。
あんな風に近寄られたのは初めてだった。あのまま、背中を切られても、切られるその瞬間まで気付かなかっただろう。
(相対することがあったら…勝機はない)
剣の腕だけなら負けるだろう……。自分が最強だとは思わないし、彼がもし自分達を追っているとしたら……。
殺す気で挑まねばならない。
(また、人を殺す覚悟か)
ランは眉間に皺を寄せた。最近、そういう表情をするのに慣れてしまった。
(覚悟はしてるつもりだが……)
手綱を握る拳に力がこもった。ランの愛馬・ラルディが視線をランに向けたが、ランは深く考えこんでいた。
(出来ればもう、あんな思いはしたくない)
人を殺めたことがある。あれは…十四のころだ。あの瞬間、「生きたい」と強く願ってしまっていた。
自分で自分を殺すことはできないんだと、強烈に感じた。
それが、あの結果を生む。
人の命などあっけない……、倒れた『彼』を見つめてそう思った。
他人の命をやけに軽く感じていて……、簡単に傷つけることができた。
セアラの紅い目が脳裏に浮かぶ。
『それ、捨てたらどうだい?』
呟いた声。
『楽になれるかも、ね?』
(捨てきれていない)
ランは顔を上げた。
(何を考えているんだ……。俺は)
もう止めよう。
考えないでいたい、『自分の意味』なんて。
ランは遠くに町並みを見止めた。
(メロサだ)
思ったより遠かったな…そう思いつつ、三人の顔を思い出す。
(早く合流しよう)
一人でいるとろくなことを考えない。
『馬鹿だなあ…ラン』
血まみれの俺にセアラがそう呟き、自分の服で血をぬぐってくれた。綺麗な服だったのに、躊躇せずに。
『確かに捨てたらどうだいって言ったよ?』
俺はあのとき十四歳か。そうだな、館に戻ってすぐだから、それくらいか……。
『だけど、こんなことしたって……』
あのとき、セアラは何と言ったんだった?
セアラにただ強く抱きしめられたことだけを覚えている。それが暖かかったかどうかは、忘れてしまったけど。
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