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一足早くメロサに着いた3人は、宿を探すことから始めた。ひとまず、宿に落ち着き、馬を休めたい。
メロサ。人形師の町。
山を背後に構えた町である。面積は小さ目かもしれないが、フュンランとシャイマルークをつなぐ街道 の途中ともあって、賑わいはどこの町とも変わらないぐらいであった。
三人は馬から降りて宿を探しながら、町の様子を見て回る。
「フュンランの町って、必ず真ん中に公園があるのね」
エノリアが呟くと、この三人の中では一番旅なれているミラールが振り返る。
「公園のすぐそばに、分宮《アル》が建てられてるんだ。シャイマルークの分宮《アル》は奥に、町を見守るように建てられるんだけど。
フュンランの分宮《アル》は、それこそ人の出入りが自由ってぐらい、開かれてるから」
そう言えば、さっきから多くの人が公園の近くの建物に、当然のように出入りしている。
シャイマルーク国の分宮《アル》は立派な門と壁があって、門の扉が開いていない限りは、入りにくい 印象を与えていたが。
「フュンランや他の国の巫女《アルデ》は、だいたいその地の出身なんだよ」
前を通りすぎながら、ミラールは少しだけ分宮《アル》に目をやった。
「巫女《アルデ》は、宮で何年か学んだ後に生まれた町のために戻ってくるんだって」
「学ぶって?」
「そうか、エノリアは習ったりしなかったのかな。
医術とか。あとは算術とか読み書きとその教え方とか。歴史とかだね」
巫女《アルデ》は信仰の対象になるのと同時に、街の人々を心の面で守る立場にある。
医者とはまた別に、たいていの医術は学び、学校に行かない人々のために(義務教育という制度はない。 子供達に勉強を教えることを生業としているものもいるが、義務として指定されていない。ただし、シャイマルークは文官や武官をとる制度なので、その養育学校みたいなのはある)、読み書きを教えたりする。
巫女《アルデ》は人々の暮らしの支えになる。この世界では神を祭ったりはしない。その信仰は娘達とイマルークの末裔に向うからだ。
ただ、イマルークの末裔を信仰の対象にすることで、創造神《イマルーク》を祭っているのかもしれないが。
「そんなこともしてたかなあ」
「エノリアは、勉強しなかった?」
「そうねえ。させても無駄だと思ってたんじゃないの?まあ、自主学習をしてたようなものだけど」
と言って、腰にある一振りの剣を示して、はにかむように笑う。
「こればっかりね。でも、ランとかには敵わないのよねえ。ちょっとくやしいかも」
「ランは、剣の方は自主学習みたいなものだよ」
「そうなの?」
ミラールが余計なこと言ったかなあという風に、苦笑いをする。
「うん。セアラはランに魔術のほうを教え込みたかったみたいだけど、ランのほうが嫌がったんだ。
自分で師匠になる人を探していたみたいだけど。
そういえば、あれが……」
『……強くなりたいな』
搾り出したような声をいまでも覚えている。
【緑の館】の世話をしてくれたニナが死んで、そのあとセアラに真実を告げられたとき、泣きじゃくる僕の傍らでそうつぶやいた。
そのあと、ランは剣の腕を求めて、町中に師となる人を捜し求めていた。どんなにセアラに反対されても。
「ミラール?」
「……あれが、始めてセアラに反発したときだね」
それから、しばらくしてランは緑の館に帰ってこなくなった。まだ幼い子供がどこでどうしてたのかわからない。
何かを吹っ切るために、また、何かを得るために、一人でどこかへ行ってしまった。
セアラは心配した顔を見せなかった。ランの生き方はランが決めるのだからと…。
あれは、何才のときだろう?
十ニのときだったろうか?
そう、それぐらい…ニナが死んだのが十二歳のころだから。
ちゃんと覚えていないけれど。
ただ、二年後のある日、またひょっこりと帰ってきて、困ったように、張り付いた笑みを見せたことを、 覚えている。
ふっきれたというよりは、どこかに何かを置いてきたような顔をしていた。気のせいかもしれないけど。
『ごめんなさい』
一言だけ謝ったランを、セアラは無言で受け入れた。
そして、僕のところに寄ってきて、耳元でささやく。
『約束は忘れてないから』
(…『ミラールは音楽家で、僕は剣士だ。そして、世界中を旅して探そう』)
あの時の約束。
もう、ランの中では薄れてしまっているだろうと思ってただけ、嬉しかった。
十二才の時の約束……。
無邪気でいて純粋だった約束。
「ランは、変わらないなあ……」
向上心も。
そうして、向う強さも。
あの二年間の事を問うと、困ったように笑う。
あまり覚えていないんだと、呟いたときもあった。
(そして、しばらくしてあの事件だ)
血まみれのラン……。
それを抱きしめるセアラ。
遠巻きに、僕はそれを見ていた。ランが、名づけるのなら運命と言うやつを、捨てきってしまうのを見つめていた。
そう言えば、あのときから額の布をとったところを見たことが無い。傷を隠しているんだろうと思ったのだけど……。
「ミラール?」
覗きこんでくるエノリアの顔がアップになって、ミラールは我に返った。
「な、何?」
身近で見る彼女の目は、見事なくらい金色で、光《リア》と言うものの美しさを、惜しげも無くさらす。
少し顔の距離を放したいような、そのままで居たいような、微妙な感覚にミラールは戸惑った。
綺麗だと…思う。
間違い無く、彼女は美しい。
ナキシス……太陽の娘《リスタル》と認められた女性をミラールは知っているが、彼女よりもエノリアのほうがそれにふさわしい気がした。
「ぼうっとして…。どうする?ラスメイがあの宿にしようって言うけど?」
そう言ってやっとエノリアの顔が離れた。ラスメイの二つの紫色の目が、ミラールを伺うように見つめていた。
「ラスメイが選んだなら、僕は構わないよ」
ミラールはラスメイの直感が、かなり当たることを知っている。それが、闇《ゼク》を持つ者や光 《リア》を持つ者の中に、「魂を呼んで声を聞く力で予知が出来る者も居る」ということの表れではないかとも、思っている。
俗に言う幽霊と会話をするには精霊語が必要らしい。死んで時間がたてばたつほど、その魂は要素に近づいてしまうから……ともいうが…。それなら、人は死ぬと精霊になるってことかもしれないなあと、思
ったりもするのだが…。
だけど、ラスメイは予知の能力を噂だと言って、否定する。
勿論、誰かが予知を成したことがあるなんて、そうそう聞かない。
ミラールはふと考え込んだ。
あのセアラだって、予言を下したのはほんの数回らしいから。
(予知なんて出来ないほうがいい)
ミラールはそう思いながら、そっと溜息を落とした。
未来なんて知らないほうが……いい。
「ミラール。早く!」
気がつけば二人はすでに宿の前にいた。主人らしき人と交渉して、馬番に愛馬を預けようとしている。
「今行くよ!」
出来るだけ大きく答えて、懐の中にある笛に触れる。親に繋がる、たった一つの絆ともいえるそれに。
未来を知ればきっと怖くなる。
会えないという未来も、会えるという未来も、きっと自分を臆病にさせるだろう。
未来は自分で切り開くものだと、そう思っているほうが明日を待てる。
希望を持てる…。
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