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 一方、シャイマルーク城では、ゼアルーク王の元に嬉しくない報告が届けられていた。ゼアルークはその報告を、顔色一つ変えずに聞いていた。
 報告し終わった兵が、一言も発することの無い王の顔色をうかがうように、顔を上げるとゼアルークは何の感情もこもっていない目を、むけた。
「もういい、下がれ」
 怒りのこもっている目のほうが幾分ましだと、兵は考えながらその場を静粛に、出来るだけ急いで立ち去る。残されたのは、ごく最近居候となった赤い瞳の青年と、王の片腕ともいわれるセイだけであった。
「少しは大人になったと見えるねえ、ゼアルーク王。昔なら、怒号の一つは聞こえていたと思うが」
 揶揄する言葉の響きに、王よりもその横にいた側近のほうの目に怒りが含まれる。それに、セアラは少し笑いかけてみせる。
「エノリアに付き従っている2人組。一人は火魔術師《ベイタ》らしいな」
 ゼアルークはセアラに目もむけず、そう言った。セアラの表情を伺っているのは、セイの鋭い目だけである。
「不自然に火が燃え出したというのなら、そうだろうね。火の不始末をするほど、君の兵が馬鹿でなければ」
 飄々と答えるセアラに、ゼアルークはそれ以上質問を続けようとはしなかった。そのかわり、しばらくしてこう言う。
「そういえば、お前が一緒に住んでいたという二人の少年が行方不明だそうだ」
「私がいなくなったので、心配して探しに出かけたんじゃないかな。寂しがり屋で困ってしまうよ」
「お前の住んでいた屋敷、強力な結界がしてあって入れないとの報告があった」
「誰もいなくなったら、そうするようにしてあるんだよ。私の養子たちは開け方を知っているから、心配しなくてもいい」
「一体、何を隠しているのだろうな」
 ゼアルークがゆっくりと、王座の斜め前に座っているセアラに目をむけた。黒に近い瞳の色は、光が当たったときだけ、暗い緑色に見える。
 セアラは、その瞳にたたえられる人を屈服させる光を、平然と見詰め返した。
「私事だよ」
 口元にのみ笑みを浮かべて、セアラはそう答えた。赤い瞳には何も含まれてはいない。ゼアルークは一瞬、目元に嘲笑にめいた笑みを湛えると、横で控えていたセイに指示を出す。
「セアラの家周辺の者から聞いて、二人の少年の似顔絵を描かせろ。そして、エノリアと共に手配しろ」
「は」
「そう言えば、王はこういう魔術をご存知かな?一瞬にして、人々の記憶を操作する魔術」
 セアラが二人を遮るように、話をふった。
「光《リア》は人に幻覚を見せることが出来るんだそうだよ。それを応用したら、人の記憶に新たな記憶を植えることが、出来るかもしれないね」
 セイが軽く瞳を開き、ゼアルークは振り返って魔術師を見つめる。黒い瞳がわずかに緑色を帯びた。
「やはり、関わっていることを認めるのだな」
「認める?違うよ。私は、魔術の話をしているんだよ。まあ、私のようにゆうぅしゅうぅぅっな、魔術師にしかできないだろうけど」
 セアラはそう答えると、天井に目をやった。この城が出来たときに描かせたといわれる絵が、色鮮やかに残っている。
 中心には創造神の姿が書かれていた。慈悲あふれるイマルークの緑色の目を、セアラは見つめる。
「王よ、エノリアを探すことよりも、シャイナを探すことにしたらどうだい」
 イマルークの両脇には、金色の髪の少女と銀色の髪の少女が控えている。目をつぶって、幸せそうに…。セアラは目を細めた。
「それについては、お前にも協力してもらいたい。そのために、呼んだのだから」
「分かりかねるなあ。私には光《リア》を追跡する力はないよ」
 イマルークから視線を外して、セアラはゼアルークに向けた。
「何かが起こるのなら、それを待つのもいいよね」
「何かが起こってからでは遅いのだ」
「では、何かをすればいいんじゃないかい?シャイナ捜索隊を出すのもいいしね。闇魔術師《ゼクタ》を集めて、シャイナを探させるのもいいだろうね。
 ただ、自分から闇魔術師《ゼクタ》だと名乗るものは少ないだろうけど」
 セアラは妖艶に微笑んだ。
「何かが分かったら報告するよ。だけど、今は何も分からない」
 ゼアルークは自分の顎をつまみ、しばらく空中を睨んでいた。
「では、質問を変えよう。破壊神についてだが」
「強力な力の気配はないよ」
 即答するセアラに、ゼアルークは視線を向けた。セアラは、再びイマルークを見つめていた。
「だが、これからもいないとは限らないね」
 それはイマルークに言っているように見えると、セイは思った。
(この男の考えていることは、底がしれない)
 ゼアルーク王が、振り回されなければいいが…。セイは目を細める。そんなことを王の側近が考えていることにも構わず、セアラは続けた。赤い瞳がいつもよりも、神秘的に見える。
「創造するものがいれば、破壊するものも現れる」
 赤い瞳の見るものは、イマルークからゼアルークに移った。ゼアルークの静かな目は、その言葉を聞いても何も変わらなかった。
「それが、理だと、私は思うんだよ」
『赤い瞳は真理を見つめる』
 ゼアルークはそう言っていた父王の言葉を思い出した。五百年生きてきた者…。その人間の考えることは、五百年生きてみないと分からない。
『セアラを私は信用した』
(父は穏やかな目をして、私に語り掛けた)
『だからといって…』
 それ以上の言葉を聞くことは出来なかったが、父の考えていること、言いたかったことはよく分かっている。
 ゼアルークは目を細めた。
(五百年も生きたら、それはもう人間ではない)
 そんな考えが、頭に浮かぶ。目の前にいるこの魔術師は、自分とは明らかに違う世界にいる。そう思った。

 
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