「ついたみたいだよ」
エノリアは顔を上げる。目の前には【緑の館】並みの屋敷があった。広い庭をもつ赤レンガの屋敷。その色彩は絵の様に美しい。
「きれいな家ねえ」
感心して見上げていると、ランの馬から下りていたラスメイが、振り返って微笑んだ。
「ありがとう」
馬小屋に案内され、そこに馬を入れて屋敷に入る。屋敷には人の気配がほとんど無くて、エノリアには不思議であった。
「カシューさん、友達だ。応接間までお茶を頼める?」
「かしこまりました」
執事みたいな人が一人いて、ラスメイの命令を聞くとにっこりと笑ってから奥に入って行く。
「ラスメイさん…。ご家族は?」
見事な調度の数々、美しい絵画、豪華なシャンデリア、ふかふかの絨毯。いろんなものに感心しながらエノリアが聞くと、ラスメイは応接間のドアを開けて招き入れながら、あっさりと答えた。
「私は独りで住んでいる。いるのは、執事のカシューと母が手配してくれたメイドの3人だ」
「…さびしくないの?」
「私が居ては、兄と母の迷惑になる…。いいのだ。私はこれで」
ラスメイは硬い表情でそう言った。3人は中に入りソファに腰を下ろす。しばらくしてメイドがお茶を運んできた。ラスメイは人払いをすると、さてと3人を見渡す。
「彼女にはまだ、自己紹介をしていなかったね。私はジェラスメイン=ロード=キャニスルという。名前は長いからラスメイと呼んでくれれば良い。
見ての通り風《ウィア》と水《ルーシ》と闇《ゼク》の要素を持ち、全てを魔術として使うことの出来るフォルタだ。属性は闇《ゼク》」
ラスメイの髪は肩までで、美しい黒である。不思議な感じのする深い紫の瞳は、年齢の割に大人びた印象を彼女に与える。後数年したら、独特の雰囲気をもった美しい女性になることは間違いないだろうと、エノリアは思った。
「私は、エノリア。姓は宮に奪われてしまったけど、父と母にもらった姓はルド=ギルニア。それで…」
フードを取ろうとしたエノリアを、ランが片手をあげて制した。
「ラスメイ。執事に情報が漏れたりしないのか?」
「うん。前の執事と違っただろう?父のスパイを置いとくなんて、もううんざりだからな。こんどは私が選んだ人だ。おばあちゃまの執事の息子。私も昔、よく遊んでもらったんだ」
満足そうなラスメイの表情。ランはそうかと呟くと、人差し指を唇にトンっと当てた。そして、しばらく考えながらも、思い切ったように切り出す。
「実は結構やばいことなんだ。出来るなら巻き込みたくない。だけどお前の力が頼りなんだ。巻き込んで悪いと思っている。嫌なら、断って忘れて欲しい」
ラスメイは少し目を細めた。そうすると、大人びた笑顔になり、周りの人をはっとさせる。ラスメイは近くにおいていた杖を手元に寄せる。
杖の先についた、両手の手の平で覆ってやっと隠せるぐらいの大きさの、透明な水晶を透かし見ながら、呟いた。
「ランやミラールの頼みは、どんなことでも断らない。だいたいの事情は、市で見かけたときから察していた。
彼女の光《リア》は尋常じゃないからな。もし、やばいと思ったら雲隠れしているよ」
ランは悪いなとつぶやくと、エノリアに頷いてみせた。エノリアはフードを取ると、金色の髪が揺れた。
「なるほどな…。予測していても…これは…」
ラスメイはやや驚いた表情をし、エノリアの瞳と髪を見つめた。
「二人目の太陽の娘《リスタル》か…。父が急に王宮に召されたのはそういうことか」
不思議な顔をしたエノリアに、ミラールが説明をした。
「キャニルスって聞いたこと無い?代々、王宮警護魔術師の長を勤める家系なんだけどね」
「…宮もその人が?」
「そうだね。城壁の中は全部、管轄になってるから」
その名家に禁忌とされる闇魔術師《ゼクタ》が産まれたのか…。エノリアはなんとなく、彼女が独りで暮らしている理由を知った気がした。
「ラスメイのお父さんが王宮にってことは、お父さんが追ってくることになるかな」
ミラールが少々不安そうに言うと、ラスメイは首を振った。
「あんな魔力の弱い下級魔術師、名前と血だけで今の官職を得たような人に、そんな芸当できる分けない。
指揮を取るのだろうけど、あの人に取らせているほうが、ラン達には好都合だろう」
実の親に対してこの辛辣な言いよう。ランとミラールは事情を知っているだけ、苦笑するしかなかった。エノリアは不思議そうな顔をする。
「お父さん、嫌いなの?」
「嫌いとか好きとかそういう次元じゃない。私にはおばあちゃまと母様と兄様しか家族はいないんだ。あれは父という呼び名をもっただけの他人だ」
吐き捨てるように言う彼女の瞳は厳しい。エノリアはその言葉に返す言葉がなかった。14歳のとき引き離された両親の記憶は、エノリアにとって恋しいものである。父は職業柄滅多に会うことはなかったが、それでも、いや、それゆえに優しい光のような印象が残っている。
両親を知らないランとミラールと、父親を嫌悪するラスメイと…。この3人と自分とどこか違うような気もする。だけど、そんな風に考えるのは浅はかだろうか。
言う言葉を失って、立ちすくむエノリアの顔をラスメイがのぞき込んだ。
「どうした?」
紫色の瞳はエノリアの内面をのぞき込もうとしているようで、エノリアは焦ってかぶりを振る。
「ううん。な、なんでもないよ」
あっさりとその言葉を承諾して、ラスメイはランを振り替える。
「で、用件を聞こうか」
「この髪の色を何とかしてもらいたいというのが、依頼なのだけど。染料があるとか聞いたけどな」
ラスメイはしばらく、エノリアを見つめていた。深い紫色の瞳が、エノリアの奥底まで見通してしまいそうで、エノリアはたじろぎそうになる。だが、毅然と彼女の目を見詰め返した。
「これから、どうするんだ?逃げるのか」
「私は…」
エノリアにはラスメイが自分の中の、何かを探っているように感じられた。目をそらしてはいけないような気がしたのだ。
「行方不明の月の娘《イアル》を探す為に旅に出なくてはいけないの」
「どうして?どうしてさがすのだ?」
「どうしてって…。私が、二人目の太陽の娘《リスタル》が、魔物の出現や、今回の月の娘《イアル》の行方不明の原因だと思われているから…。そんなことないって、証明する為に」
「自分の為に?」
「月の娘《イアル》は…シャイナは私の友人だから。大切な人だから、これ以上大切な人、無くしたくない」
エノリアの金色の瞳は、意志と決意で輝く。
「破壊神か何か、知らないけど。私のせいだっていわれるのはしゃくじゃない?そんなものに、大切な友人奪われて、自分の命も狙われて。そんなのまっぴらなのよ!」
思わず大声になって拳を握り締めるエノリアを見つめていたラスメイの目は、すっとランとミラールのほうに移動した。
「破壊神ね…。尋常じゃないな。お前たちはついていくのか」
「まあな。拾った責任上と養い親との約束上」
「何よ、その言い方」
「そのまんまじゃないか。俺がお前を拾ったんだろ」
「他の言い方があるでしょう?」
「あいにく、頭に浮かばないな」
「語彙の少ない人間って困るわよねえ。そんなのじゃあ、人間関係円滑に行かないわよ」
「お前に心配される筋合いはないね」
売り言葉に買い言葉で、険悪なムードになった二人の間を打ち切ったのは、ラスメイの声だった。
「いいだろう。ただし、私も同行する」
にらみ合っていた二人は、同時にラスメイをみた。
「冗談でしょ?」
「冗談だろ」
二人の声が重なって、二人は不快そうにお互いをみやると、再びラスメイに目をむけた。
「ちゃんといわなかったけど、私、いわばゼアルーク王に追われている身よ?あのセアラの了承は取れているし、その後ろにいるダライア様の了承も取っているでしょうけど、それは裏でのことで、王には追われているし、もしかしたら見つかった瞬間、殺されるかもしれないのよ?」
「セアラ?ああ、ランとミラールの同居人の、あの最高魔術師ね」
「それに、今は離れていても、お前はキャニルス家の人間だろう?俺達に荷担したらまずんじゃあないか」
「それを知ってて、巻き込んだのはそっちだろう?」
ラスメイは染め粉の入った袋をエノリアに渡す。エノリアは不安そうに彼女を見た。
「危険だわ。貴方にはなにもメリットが無い。それどころか、背負わなくてもいいものを背負うことになるのよ」
「そうだな。だが、少なくとも…、誰かの役に立てるだろう?」
紫の瞳に優しさと、何か…寂しさが宿った。
「ここに、一人で居るよりも…、何かしてたほうがいい。
おばあちゃまが言っていた。お前の力がきっと役に立つときがあるって。それって、今じゃないのか」
エノリアははっとした。大人びた口調、大人びた表情。そんなものをもっていても、彼女はまだ十才なのだ。何かを探しているんだろう。何か、自分にとって大切なものを。
「私は闇《ゼク》をもっている。このせいで、私はいろんなものを失った。だけど、それを、お前たちは必要としてくれる。私がついていく理由はそれで充分だ」
ランとミラールはよく知っていた。彼女が自分の中にある闇《ゼク》というものと、どんな風に戦ってきたか。それゆえにそれを必要としてくれる人間に、彼女は絶大な信頼を置く。
「なあ、エノリア。私が嫌いか?ついていっては駄目か」
そんな瞳で見つめられては、断れない。
「光《リア》を持つ者は闇《ゼク》を忌み嫌うと聞いた。だが、エノリアは私に触れてくれる。役に立ちたいんだ!」
力のこもった声。エノリアは、この気もちを知っている。
自分の中にあるものと戦うこと。私はそれから逃げようとし、適わず、最終的に屈服させようとしている。彼女は小さいのに…、なんとか共存する方向を目指している。
本当に彼女を断ることが出来る?
「後悔するかもしれないよ」
「かもしれないなんて言って、何もしないほうが後悔する」
ずいっと身を乗り出すようにラスメイは言った。
エノリアはラスメイの髪に手を触れて、首をかしげる。
「本当に力を貸してくれるの」
「勿論」
「…わかったわ」
エノリアは微笑んだ。
「じゃあ、よろしくね。ジェラスメイン」
「ラスメイでいい」
「じゃあ、ラスメイ」
勝ち誇ったように、ラスメイはランとミラールを振り替える。
「ついていくからな!」
ランは肩を竦めた。
「はいはい、よろしく」
ミラールも苦笑するしかないような心境だ。
「まあ、ほどほどにね」
ラスメイは旅支度をする為に部屋を出ていき、エノリアは髪を染める為に風呂場に向かう。残された男性陣は応接間で時間を過ごすことになった。
「いいの。ラスメイつれていっちゃって」
「仕方ないだろ。話持ちかけた以上は、こうなることも少しは考えていたさ」
ミラールはソファに座っていたが、ぐるっと体をソファの背にむけて、壁に寄りかかって立っているランを振り返った。
「僕、思うにさ。あれは一人じゃやだっていうより、仲間はずれにされるのが嫌だったんだと思うよ。それか、ランを取られちゃうと心配しているんだよ」
「取られる?」
「そう、エノリアにね」
「……なんで、そんな発想ができるんだよ、お前。っていうより、妄想だともいえるぞ」
少し顔を強張らせるランに、ミラールは意地悪そうに笑った。
「僕はなんでもお見通しだからね」
ランはあきれたように、肩を竦める。それを、にやにやと笑いながらミラールは見ていた。
「ラスメイはランのことが心配なんだよ」
ランは眉間に皺を寄せた。ミラールの言葉に含まれた、微妙なニュアンスが、ランの中の嫌なことを思い出させる。
それは自分の額を重くする。それに耐えるようにランは背筋を伸ばした。ミラールは、ソファの背もたれに首をもたれかけ、ランのそんな様子を見ていた。
「…嫌でも王宮に関わらざるを得ないから。セアラだって、その程度のこと予測していないはずが無いのに!」
「予測してたからこそ、けしかけたんだよ」
ランは苦笑した。
「どっちにしろ、何かがこれで変わる。セアラから離れただけでも状況は大きく変わったわけであるし。お前の両親を捜すことも出来るだろ」
ミラールの脳裏に幼い頃のシーンが蘇った。あれは、セアラがランの両親について打ち明けたときだ。ランだけ、両親が分かって自分には分からない。ランにはあるのに、自分にない。それが、なんだか悔しくて、庭の片隅で泣いてたときだった。
…『ミラールの親を捜そう』
両手を握り締めて、そう言った。
…『ミラールは音楽家で、僕は剣士だ。そして、世界中を旅して探そう』
セアラから打ち明けられた真実の重さに、まだ目を潤ませながらも大きな声で、ランは言った。
…『変な組み合わせだね…』
…『構うもんか!僕がミラールを守ってやるんだ』
どうして、こんな時に僕の心配が出来るのか、不思議だった。自分のほうが慰めて欲しかっただろうに…。
ミラールは思い出にふけってしまった自分に気づいて、顔をあげる。
「僕のことは、どうでもいいよ。ランのことのほうが大事だろ」
「今まで何もなかったんだ。これからも何も無いかもしれない」
「可能性の問題じゃないよ」
「ま、なんとかなるんじゃないのか?」
ランはその話から早く離れたいらしくて、下手な誤魔化し方をする。ミラールは大きくため息をつくと、自分の懐から笛を取り出した。なにげなく、それを布で磨き始める。
「…エノリアには言わないの」
「言う必要があるかな」
抑揚の無い声から、ランの気もちはよく分かった。ミラールは笛を磨く。何度も何度も同じ所を磨きながら、やっと言葉を口にする。
「さあ…」
同じ所を磨いていることを、本人は気づいていなかった。
何年の付き合いだと思ってるの。僕とランは物心ついたときから一緒だった。ずっと一緒だった。
(僕を誤魔化すなんてできないんだよ)
しばらくしてラスメイが、旅支度を整えて戻ってきた。
「何だ?この空気は!お前たち、陰気臭いぞ。いや、この場合は、辛気臭い…?」
「そんなことないよ。ラスメイ。ちょっと感傷に浸っていただけだよ」
「そうか?ならいいがな。路銀は幾らぐらいいるかな?一応、今までの依頼料、すべて持ってきたが」
ラスメイが片手に下げている袋を、重そうに掲げた。とても小銭とは言えない重たそうな音がして、ミラールとランは唖然としてしまった。
「…幾らあるんだ?」
やっと口を開いたランに、ラスメイは首をかしげてみせる。
「正確には知らないが。一万ルークぐらいか」
「そんなに要らないって」
「あと、宝石が十個ぐらい」
がさがさと袋から無造作に、ラスメイは大粒の紅い石を取り出した。
「こんなのが」
「おいおい、金銭感覚ぐらい教えろよ…、一人暮らしさせる前に…」
頭を抱えかけるランを不思議そうにラスメイはみている。
「こんな宝石、おばあちゃまが幾つも持っていたぞ。小さい頃魔術を成功させると、たくさんくれたがな?」
「そりゃあ、キャニルス家の長老と一般家庭を比べるほうが、悪いだろうけどな」
皮肉げに唇を引きつらせるランを後ろに、ミラールがラスメイに微笑んだ。
「そのお金はラスメイのお金だろう?大事に取っておくといいよ。路銀はなくなれば、その場で稼げばいいんだよ。
僕は音楽家の端くれだし、ランだって剣がつかえる。ラスメイも魔術師だろう?こんな大金は途中で落としたりすると大変だからね。
どうしてもって言うのなら、小さな袋に入る程度と、宝石を三つぐらい持っていくといいよ」
ラスメイはそんな程度でいいのか、と驚いたように言うと、引き出しからとりだした羊の皮でつくった小さな袋に、硬貨を詰め替えた。
のこりは再び自分の部屋に戻し、不安そうにその袋を、ランとミラールに見せる。
「これだけでいいのか」
「充分」
ランとミラールは口をそろえていう。ラスメイは満足そうに頷くと、自分の外套の内側にそれを収めた。そして、大きな丸い水晶のはめ込まれた杖を手にする。
あとはエノリアを待つだけだった。3人はお茶をすすりながら彼女が戻ってくるのを待っている。
「いい天気だな」
ふと、ラスメイが呟いた。大きく開けられた窓から、少し涼しい風が入ってくる。
「ああ」
「本当に」
3人はお互いに視線を交し、何かを言いかけたが口をつぐんだ。待ち人が軽い足音を響かせて戻ってきたのだ。
「ねえ、変じゃない?」
布で拭くだけでは乾かしきれなかった髪の毛の色は、水をまだ含んでいるが、明らかに茶色くなっていた。
「さすがといえばいいのかしら?闇魔術師《ゼクタ》の染料はよく染まるわね。小さい頃使って いた染料は、もうすこし明るい茶色になるから、いつばれるか心配だったのよ」
「全然、印象が変わるんだね」
茶色い目を丸くして、ミラールが呟いた。
「すごく、いいよ。似合うよ」
「ありがとう、ミラール」
ラスメイはそんなエノリアをじっと、無言で見つめていた。ランはランで、何か一矢報おうと台詞を考えているようだ。
「より一層、じゃじゃ馬に見えるな」
「あら、どこかのだれかさんよりは、素直に自分の内面をさらしていて可愛いと思うわよ。誰かさんは見た目と中身が相反してるから」
「どこの誰だって?」
「あら、ご本人には自覚がある様ね。よかったじゃない?すこしは救われるわよ」
エノリアとランの間で、ミラールは苦笑していた。この状況を楽しんでいるあたり、さすがにセアラと暮らしていた人間だと感心するものがある。
「やはり、完全に光《リア》を押さえるのは、無理らしい」
黙っていたラスメイがそう呟き、ぎりぎりとにらみ合っていた二人の視線が、彼女に向けられる。
「少しだが…。闇《ゼク》を持つ者には分かるだろう。まあ、目のほうが誤魔化しがきかない分、そっちのほうで騙せはするだろうが」
「闇《ゼク》を持つ者は、少ないんでしょ?心配ないんじゃないの?」
自分の乾きかけの髪の毛をつまみながら、エノリアはそう聞いた。
「闇《ゼク》を要素としてもつ人間は、少ないけど…。村に一人もいないって訳じゃない。他の要素にかき消されてしまって、分からないって人もいる。それに闇《ゼク》は忌み嫌われていて」
ラスメイの紫の目が少し陰った。その時、ランがラスメイの肩にそっと手を置くのを見て、エノリアは少し引っかかるものを感じた。それが、何だったのか、はっきりとわからないが。
「その要素を持つことを隠し通す人もいるし、一生知らずに過ごす人もいる。闇《ゼク》は光《リア》をもつ人間にしか見破れない。しかも、なんとなくという程度らしい。
もともと、闇《ゼク》は要素として持っても、微弱だから。それに加えて、闇《ゼク》が光《リア》を感じるのよりは数倍弱いんだ」
ラスメイはランに、大丈夫だというように微笑むと、自分の手にある杖を握り締めた。
「私の場合は、闇《ゼク》が圧倒的に大きかったから…、光《リア》を持っていた母様には分かったというが」
エノリアはふと、目を細めた。自分の娘が闇《ゼク》を持っているとわかってどう、思ったのだろう。そして私の母は、私が二人目の太陽の娘《リスタル》と知って、どう思ったのだろう。
そこに、何があったのだろう?
「私のことは、まあいいだろう。どうするのだ?あてはあるのか」
杖を背負うようにつけると、ラスメイは大きな目を三人にむけた。
ランは眉をちょっとあげてみせ、ミラールはエノリアのほうを向いた。
エノリアは自分に決定権があることを思い出して、うつむき加減だった顔を上げる。
「え、えっと。ひとまず、フュンランを経由して、チュノーラに入ろうと思っているの」
「月の娘《イアル》の気配はするのか?」
ランの問いにエノリアは首を振った。
「そんなのは分からないわ。でも、ひとまずこの世界を歩き回ってみたいのよ。何か、つかめるかも」
「セアラも漠然としたことしか言わないからな」
少し困ったようなエノリアに、ランはそう言って相づちを打つ。
「まずは動いてみないとな」
近くにおいていた荷物を肩に担ぎ上げて、ランは出発を促した。
(勢いで、出てきたけど)
エノリアは部屋を出ながら、考えてしまう。
(何も手がかりはないのよね)
ふう、とため息をつき、ふと目を上げると、ミラールの柔らかい視線にぶつかった。
「焦ることはないよ、ね」
ミラールの笑顔は優しく、いつも歌を紡ぐ声は澄んでいて、その言葉がエノリアの心を少しだけ、軽くする。
「うん」
4人はそれぞれの馬を連れて、街道を進み始める。
その先は見えなくても、歩き出すことだけしか、今は出来なかった。
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