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月の娘《イアル》失踪は、侍従のローザの悲鳴が聞こえてしばらくして発覚した。それはすぐに大地の娘《アラル》・ダライアと謁見していたゼアルーク王に届いた。そして、エノリアの脱走は彼女が意識を取り戻したとき、つまり月の娘《イアル》
失踪よりしばらくしてから届く。ローザやシャイナ、リーシャはエノリアが脱出した時点で、睡眠薬を飲むつもりだった。そ
して、すべてはエノリアの仕業とし、罪は3人にかからないはずだった。だがローザを待っていたのは、リーシャの死体だったのである。
ローザは語らざる得なかった。エノリアが逃亡し、それに荷担したことを。
ゼアルークはそれを聞いて、ダライアを見た。
「決まりだ」
「……エノリアを殺すか」
ダライアは片目が銀、片目が金の大地の娘《アラル》だ。娘というには年を取りすぎているが、太陽の娘《リスタル》も月の
娘《イアル》も称号のようなものなので、関係はない。宮の長老としてゼアルークとは対等な口の聞ける身分である。
「逃げ出したことで、彼女は自分の運命を決めたのだ」
口元に笑みさえ浮かべて、ゼアルークはそう言った。
「お前にとっては、随分と都合のよい選択をしてくれたということか。逃げようが、逃げまいが、消すつもりだっただろうにな」
長老としての威厳を損なわずに、ダライアはそういやみを言った。ゼアルークはかすかに微笑む。
(笑うか……)
ダライアは面白くなかった。
「それでも、宮からでていけば、私の圧力がなくてやりやすいということか」
「よく、分かっていらっしゃる」
いやみにいやみで応酬して、ゼアルークは目を細めた。ゼアルークは気づいているのだろうか、自分のその表情が民衆に向ける優しい微笑みとは、正反対のものを含んでいると言う事を。ダライアは顔を背けた。先代さえ生きていれば……。
ゼアルークは、指を動かして側近のセイを近くに呼んだ。
「月の娘《イアル》失踪、今は隠せ。目立ったことは出来ないから、エノリアのことはお前に任せる。お前の配下を使うがいい。
くれぐれも表沙汰にするな」
「御意」
セイは身を翻すと、その場から去っていく。ダライアがそれを制しようと、年の割にはすばやく立ち上がったが、ゼアルークが手を目の前に出しそれを遮った。低い感情を押さえたような声で、ダライアにささやく。
「十数年前からの魔物の出現だけでも充分だ。加えて月の娘《イアル》失踪。これは前触れだと思わないか」
「そのようなことがあるものか。そのような……」
ダライアは頼りなく、同じ言葉を繰り返した。だが、このような事態ははじめてだった。太陽の娘《リスタル》が二人、そして片方が逃亡し、その途端、月の娘《イアル》が消えた。そして何より魔物の徘徊しだした、アライアル。イマルークの意にそわぬものが、動き出しているのだろうか…。
ゼアルークはダライアを座らせると、蒼い瞳の少年を思い出しながらつぶやく。
「太陽は二つあってはいけなかった。すぐに消すべきだったのだ」
「太陽の娘《リスタル》を殺すなど、許されるはずがない」
ダライアはそう言う。今まで、エノリアを殺すことに反対していた。たとえ二人という非常事態でも、それは創造神《イマ
ルーク》の意志ならば、なにかあってのことだと思う。なら、創造神《イマルーク》の愛する太陽の娘《リスタル》を殺すなど、
許されるはずがない。
「許される。私は創造神《イマルーク》の血をひくものだからな」
その美しい顔に普段は見せない笑みを浮かべて言いきるゼアルークに、軽蔑ともとれる表情を見せて、ダライアは言葉を吐き捨てた。
「創造神《イマルーク》の代行人にでもなったつもりか。恐ろしい…」
「私にはこの国を、世界を守る義務がある。そのためには、不安要素は消しておきたいのだ。ただでさえも魔物が現れたとい
う事態に、民は何かを感じている。二つの太陽が明らかになれば、それと魔物の出現をつなげるのは必至。放っておいた、宮と
王室の信頼など塵と消えるだろう。
それにな、蒼い目の少年は私のところに結界を素通りしてやってきた。もし、害をなす者ならたどり着かなかったはずだ。 それが、創造神《イマルーク》の意志であると信じている。彼の言っていた言葉は真実を指すと」
その言葉を聞きながら、ダライアは力なくつぶやく。
「娘一人の存在で混乱してしまう世界など、間違っているではないか……。また、娘一人の犠牲で助かる世界も……」
ゼアルークの感じていたことをダライアは言ったのだが、ゼアルークは眉一つ動かさなかった。
ただ、己の判断が正しいことを確信するように、前をまっすぐ睨んでいただけだった。
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