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4 歌姫と騎士と少年と 【2】
 

『好きなんだから』
 ずっとその言葉が頭から離れない……。タウは暗い天井を見ながら、イクロの声を頭の中で繰り返す。
 聞こえてた。ドアの向こうで、聞いちゃいけないと思ったけど聞いてしまってた。
『好きなんだから』
(まだ、好きなんだ)
 イクロは、ファイのことまだ好きなんだ……。
 タウはごろりと寝返りをうった。イクロはベッドで眠り、タウは暖炉の側に。予備の毛布をファイは快く貸してくれた。ファイはロッキングチェアで寝ると言っていたけど……。
 タウはそっと視線を上げる。止まったままのロッキングチェアには、ファイの影があった。寝ているのかどうかわからない……。
 息を殺して、そっとファイの寝息をさぐる。
 イクロがファイのことまだ好きだって知っても、僕はあんまりショックじゃない。そのことの方が意外だった。
 そうかもしれないって考えていて、少しだけいやな気分になったりもしたことあるけど……。
 でも、そうかって納得してしまった。
(僕はそんなにイクロのこと好きじゃないのかもしれない)
 特別な意味で好きだとか好きじゃないとか……。
 よくわかんないけど、僕はイクロは幸せで居て欲しいなって思うんだけど、それは好きってことじゃないのかも。
 ファイは。ファイはイクロのこと好きなのかな……。
 と、少しだけファイが身動きした。びっくりして、タウは目を瞑る。なぜか後ろめたい気がして……。
「起きてるのか?」
 囁くように聞いたファイに、タウは一生懸命に寝たふりをした。しばらくして、ファイがクスリと笑う。
「起きてるんだろ? タウ」
 小さな囁き。タウは思い出した。空にいたときも、ファイは絶対にタウの嘘を見破った。笑いながら「大馬鹿野郎」と呟く。
 小突かれても、僕は笑っていた。
 そんなことを思い出すと、少しだけ目が潤んでくる。
「……どうして、わかったの」
「ほら、起きてる」
 タウは飛び起きると、ふくれっつらでファイを見つめた。ぱちぱちと暖炉の中の木がはじける音がする。赤い炎がゆれるから、ファイの端正な顔におちた陰も揺れた。
 だからなのか、ファイの表情は笑っていたけど、それ意外の感情も揺れているように見えた。
 きっと、目の錯覚だろうとタウは思っていた。いや、そう思いたかった。
「タウ、明日からどうするんだ?」
 ファイは囁くようにそう言った。そういえば、とタウははたと考えこんでしまった。
 地上に着て、変な生き物に追われて、ファイに再会して、イクロに気をとられて……すっかりどうするべきか考えるのを忘れてしまっていた。
「僕、地人の生活が見たい」
 何か言わなくてはと思い、いった言葉がそれだった。ファイが頷く。
「それで」
 タウは両足を引き寄せ、両腕で膝を抱えた。毛布をひきよせて肩からかぶる。
「……ヨバルスが泣くんだ」
「うん、それは昔からだろう?」
「その理由はヨバルスの一枝からの恵を、地人が争ってるからだってみんなが言うんだよ。イクロなんかさ、そう信じてるけど」
 タウはファイの尖った耳の部分を見つめた。ファイの瞳は真剣にタウの話を聞いていた。
「僕は自分の目で見たい。
 地人がどんな風に生活してるのか。争ってるって言われても、僕にはよくわからない。どういうことなのか……。どうしてそんなことするのか、ちゃんと見て知りたいんだよ」
「わかったよ」
 ファイはそう言うと、真面目な顔でタウを覗き込んだ。
「それで、いいんだな」
 ファイの目は暖炉の火を映して、赤く燃え上がるようだった。
 強い光。タウはファイのそんな瞳が好きだった。
 頼り甲斐があって。
 小さな頃は、ずっと後ろをついて飛んだ。
(もう、ファイは飛べない……)
 タウはそっと、視線を反らした。ベッドに横たわるイクロの姿は、ここの位置からでは肩しか見えない。
 縮こまるように身体を曲げて眠るイクロの影。もしかしたら、イクロは起きてるのかもしれないななんて、タウは思った。
 小さい頃から寝相が悪かったイクロが、身動き一つせずに眠っている。疲れてるからかな?
「ファイ」
「何」
「ファイは、空に居た頃、イクロのこと好きだった?」
 起きてるかもしれないと思ったら、なぜかその質問をファイにしたくなった。少し意地悪だと思いながら……。
 ファイはしばらく無言だった。タウの言葉に質問で返すことはなかった。
「……好きだったよ」
 心が温かくなるのを感じて、タウはいろんなことを確信した。
 今は? と聞きかけてやめる。その答えはなんとなくわかったから。
「そう……」
 イクロは起きてるかな……。
 そう思いながら、タウは目をつぶった。
 なんだかひどく、眠たくて仕方がなくなってきた……。

 
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