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おわり
 

 さわさわと木々の擦れる音がしている。太い幹から張り出した多くの枝は、全てが何かを受けとめる柔かさを持っていた。その一つの枝に座り、幹へ背を預けて、彼は青い空に視線をやる。
風が彼の頬をくすぐった。物言わぬ風は、物いわぬままだったが、その優しさとその暖かさで伝えてくれる。彼は琥珀色の目を細めた。
「分かった。いくよ」
 長くなった髪を一つに括って、彼は反動をつけて地面に降りたった。積み上げた干草の上へ降り立つような感触がした。風がその衝撃を和らげてくれたのだ。
 降り立ったところからまた大樹を見上げる。深い緑色の葉の隙間から見える黄色い花。
 今年も赤い実はたくさん実るだろう。自分達を育み慈しんでくれる赤い実が……。
「あーなーたっ!! タウっ!」
 後ろから声をかけられて、彼はびくりと身体を強張らせた。振り替えると、小さな赤ん坊を抱いた女性がこちらを睨みつけている。亜麻色の髪は昔と変わらずさらさらと揺れ、茶色の瞳に浮べた強い光も、昔を思い起こさせる。さきほどまで、昔のことを思い浮かべていた彼は、思わず笑みをこぼした。
「イクロ。カル」
 腕の中の小さな命に、タウは顔を寄せる。キャっキャと純粋な喜びの笑い声を上げ、頬に触れる小さな感触が愛しい。
「何がおかしいの?」
「別に。なんでもないよ」
「そんな笑顔を向けられても誤魔化されないんだかねっ! また行くつもりだったでしょ」
「そんなはずないよ」
 彼はふるふると首を振った。その背後から猛然と迫る気配。
「にぃ。用意できたぜ。二日、三日はいけるぜ」
 ごんっという衝撃と共に、細い腕が首に絡まる。彼は笑顔を絶やさずイクロを見つめながら、不肖の弟の腹に肘鉄を食らわせた。
「なにすんだよっ。げっ、イクロ……姉さま」
「二日三日?」
 ぴくりと眉の端が上がるのを見つつ、二人はずりっと後退りつつ風を探した。逃げる準備をする。
「いやー、相変わらずお美しい、姉上。二人も子供が居るとは思えぬお若さで」
「どこからそんな言葉覚えてきたのよ。
 いいえ、今私が聞きたいのはそういうありきたりな世辞では無いわ。
 二日、三日。説明してくれるかしら、たーう?」
「いや、ほら。最近、地人たちがさ。それで、竜達がさ……」
「昨日もそれは聞きました」
 ぴくりと眉が動いたのを合図に、タウは左端を通り抜ける風を掴んだ。
「いくぞ、シグ」
「了解っ」
 二人が猛然と飛び始めた、彼女の怒鳴り声は回りの風にかき消されてしまう。大樹の枝を潜り抜けて出た先は、遠く高い空。
 二人が風を受けながら見たのは、その向こうまで、緑の広がる美しい風景だった。
「いいよなぁ」
 声をあげるシグの隣で、彼は静かに空を見上げた。
「兄?」
 この青い空の上。どこかに、ヨバルスとそれを見守った1人のヨバルズシアの亡骸があるのだろうか。
 命は透き通り、あの青に染み渡り、空に吸いこまれて。
 少しうらやましいと思った。
「いつか、お前には話そう」
 琥珀色の瞳は空の色をそのまま受けとめる。
 思いを馳せて、僕は昔の風景に会いに行く。
 空と、大樹と、その下に居る僕と歌姫。
 あの風景に会いに行くんだ。








 大地の中心に一つの木あり。
 空の色を知る、美しき大木。
 その名をヨバルス。
 大地に愛される大樹・ヨバルス。
 全ての人に希望を注ぎ、喜びを与え、


 そして、大地に共に生きる。

 

Fin.

 
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