パチパチと爆ぜる音を聞きながら、タウは焚き火を間に挟んで真向かいに座っているファイの表情を覗きこんだ。イクロはタウに身を寄せたまま、地面を睨んでいる。口数は断然減っていた。必要以上の言葉をつぐむのは億劫だとでもいうように、唇を引き締めたまま暗い瞳をしている。
タウは自分の羽に手をやった。自分の意志で羽ばたくことを確認して、自分の胸にさがっている袋を握り締めた。
「ヨバルスの一枝が入っているのか?」
タウはびくっと肩を震わせた。自分の心に警戒心が広がって行くのを悲しくかんじた。ファイを疑ってしまっている。その思いがファイに伝わったのだろう。ファイはふと目を細めて自嘲的に笑った。
「とらないよ」
「地人はこれが欲しいんだよね」
「欲しいだろうね」
「ファイも、欲しい?」
「……それがもう一つあれば、争いは終わるだろうって考えてたけどな」
ファイは目の前の焚き火に、拾ってきた枝の一本を投げ入れた。
「タウから奪おうなんて思わない……。俺が甘いのか、元・ヨバルズシアだからなのか」
「どうして、争いが始まったの」
ファイはしばらく揺れる炎を見つめていた。
「もともとは一つの国だったんだ。それがゾイとラグに分かれた。ここらへんの経緯は……俺も詳しくは知らないけどな。
ヨバルスの一枝は恵みをもたらす。人々に豊かな恵みを与えつづける。食料も余るほどあった。けど、人々はどんどん増えて行って、やがて恵みは足りなくなってきた。
ヨバルスの一枝に近いところには農業が発達し、そこから離れたところには物を作る技が産まれた。多分、そういう風にして国が分かれていったんだと思う。
それでも二つの国はなんとか友好に保たれていた。けど、ゾイ国王にラグ国の現王女シータ姫の叔父にあたるシロンがなるとその均整が崩れてきた。
前ラグ国王の弟であるシロンは、その権利を要求してきた。つまりは、ヨバルスの一枝の……分割だな。
シータ姫は断った。シロン国王は武力に物を言わせることにした。簡単に言えばそういうことだ」
ファイはそう語ると、息をつく様に言葉をとめた。そして、また口を開く。
「ゾイ国はラグ国から恵みを得るために、布とか宝石とかを作り出していた。だけど、宝石には限界がある。それをシロンはよく知っていた……。
シロンはゾイ国にも農業を取り入れようとしたのさ。でも、それにはきっかけがいる。それでヨバルスの一枝の恵みを少しでも欲しかったんだと思う」
ファイは苦しそうに先を続けた。
「シロンは頭がいい王だから、他のことも見越したのかもしれないな……。戦争によって受ける恩恵って言うのがあるんだよ」
「戦争による恩恵?」
タウの疑問に、ファイは首を振った。
「恩恵なんて言わないよな。残酷な……結果だ」
タウには思いもつかなかった。イクロに目をやると、イクロは表情を固めたままでいる。彼女は何かが分かったのかもしれない。
「ファイはさ。人を殺せるの」
ファイは剣に目をやり、首を振った。
「出来ると思ってる。シータ姫を救うことなら、なんでも出来る」
イクロが少しだけ身じろぎする。その心境を推し量って、タウは目を細めた。
「ファイ、どうして地人になりたかったの?」
それだけはきちんと聞きたかった。
死を悼むことを忘れてしまった地人。同じ地人を殺せる地人。
死を悼むことを忘れてしまいファイ。だけど、シータ姫を救うなら殺せるというファイ。
空にはなかった苦しみが、この地にはあるのにどうしてファイがそれを求めるのか、タウには分からない。
「ヨバルズシアは、生き方が決まってるだろう。ヨバルスを守るために生きて死ぬ」
ファイは炎を見つめた。何かに憧れるような光。
「地人はそれを決めることができる。何のために生きるのか、どうやって生きるのか。
地人は自分で決めるんだ」
タウは目を見開いた。ファイは同時にすごく遠い目をしている。何のために生きるのか、ファイは自分で決めたんだ。
シータ姫のために。
ファイは遠い目をしながら、争いをおろかなことだと知りながら、死を悼みながら、それでも地人であることを求める。
空の美しさを覚えていながらも、血の色を知っていながらも、ファイはシータ姫のために生きることを決めてしまっている。
タウはそれを少しうらやましいと思った。
だけど、タウには出来ない。タウはヨバルスを愛しているから。
それがヨバルズシアとして決められたことで、そこに自分の意志が一切無くても、それでも構わないと思う。
こんなときはシグを思い出す。
金色の髪を揺らして、まだ不安定に飛びながら、小さな手を背一杯伸ばしてやってくる。
にーちゃ、にーちゃと呼びながら。
シグは、僕が居なくても元気に遊んでいるだろうか。
ルズカルやネスコ、ニーサ。ヨバルズシアたちの顔を抱きしめる様に思い出しながら、タウは肩に置かれたイクロの頭に自分の頭を寄せた。
「僕は、ヨバルスが大好きだから」
そう呟いたタウの頬の下で、イクロがゆっくりと頷くのを感じていた。
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