「彼、の仕業だと思ってるんじゃないの?」
「……何のことだよ」
「ふふん。あなた、もう少し自分が不器用だってこと自覚したらどう?」
「知らない」
「顔に書いてあるわよ。『思ってる』って」
「……」
「不器用な人ね。本当に」
ラスメイのことを子供だと侮っているのか、それとも余所者に聞かれても平気なのか、カタデイナーゼとナーミはそんな会話を繰り返していた。
フェバはナーミを早く自分の家につれて行くことに必死で、そんな二人の会話に注意も向けない。
ひそひそと交わされる会話だったから、ナーミに肩を押される形で歩いているラスメイにしか聞こえないようだった。
(どう考えても、レイが今回の犯人に気付いてるっていう意味の会話じゃないのか?)
そんなことを思いながら、ラスメイはあえて口を出さなかった。
言わないのには理由があるから。
それを詮索するほど、ラスメイに下世話な好奇心はなかった。ただ、依頼となると別の話なのだが… …。だから、少しだけ気にして聞いてみている。
今、詮索しなくてもレイならいつか話してくれる。そんな気もしていたから、聞こうとしないのかもしれない。勿論、そんな顔をしているカタデイナーゼに聞く勇気が無かったのかもしれないのだけれど
。
微妙な心境でうつむいているラスメイに、ナーミは突然話しかけてきた。
「ねえ、ラスメイちゃん。人形って何から創るか知ってる?」
ラスメイは肩越しにナーミを振り返る。
「あらあら、危ないわ。前を向いて」
ついっと背中を押されて、ラスメイは前を向き直った。自分の肩に置かれたナーミの手に力が、微かに込められた様に思ったのは気のせいだろうか。
「何からって……、陶器や硝子や布や」
指折り数えようとしたラスメイに、ナーミは微妙な笑みを作った。勿論、ラスメイの位置からは見えなかったけれど。
「うーんとね。違うのよ」
急に話を変えて、こんなことを言い出すナーミの意図がわからない。それでも、ラスメイは自分の持っていた人形を思い浮かべた。
陶器の肌。目はルスカから取れた宝石だと、聞かされていた。祖母が作らせた特注品だったらしい。わざわざ宝石をメロサに送って作らせたと聞いている。
「人形はね、『心』を核にして創るの。『美しい思い出』とかそういうものを自分の『心』から取り出 して、創るのよ」
「『心』を取り出したら、なくなるじゃないか」
素朴な疑問が浮かび少し顔を傾けると、先ほどから黙ったままのカタデイナーゼの硬い表情が目に入 ってきた。
(レイ?)
まるで別人の様に、無表情な彼の顔。無表情というよりは、何かを拒んでいるような感じがした。
「そうねえ。そうじゃないの。『心』を元にするの。なくならないのよ。自分のものだから」
「どういうことだ」
ラスメイの単刀直入な疑問に、ナーミのくすりという笑い声が重なった。
「そうねえ。思い出しながら作るってことかしら。美しいもの、大切なものを思い出しながら」
そう言われれば、ラスメイにも分かる気がした。
ラスメイは肩越しに彼女を振りかえった。今度は、ナーミはラスメイに注意をせずに、ただ呟いた。
「だったら、この世で一番美しい人形を創る人はどんな人かしら?」
(何故、そのような顔をする?)
そんな遠い目で何を見ているのだろう。そんなことを想いながら、ラスメイは呟いた。
「一番、美しい思い出を持っている奴じゃないのか」
ナーミはその呟きに答えを待っているわけではなかったらしい、我に返るように目を少し開き、ラスメイに視線を落とした。
優しく微笑む目に、悲しみと同じ物が宿る。それを、ラスメイはじっと見つめていた。
「少し違うの」
「では、どんな人だ」
ナーミは少しだけ目を伏せた。水色の瞳に微妙な陰りが落ち、色に深みが増す。
「何も持たない人よ」
ラスメイはその答えの意味がわからなかった。不思議そうに見上げる少女に、ナーミは少しだけ微笑んだ。
「心に、美しい想い出を一つも持たない人よ」
カタデイナーゼがぐっと口を引き締めるのを見た。ラスメイは立ち止まると、ナーミを振りかえった 。
「何が言いたい」
「何かしらね」
ナーミはふぅと小さく息を漏らした。
「隙間を埋める為に、あがく人間の話かしら」
「ナーミ」
カタデイナーゼの低い声が、ナーミの話を止めた。ナーミは誤魔化す様に笑うと、ラスメイを促してまた歩き出す。
(隙間を埋める為に、あがく……)
その言葉が、ラスメイの心の中にすっと入りこんでいった。
フェバが扉を開けて三人に手を振っていた。すっとナーミの気配がラスメイから離れ、少し小走りでフェバに寄って行く。暗闇の中、きらきら光る金色の髪を、ラスメイは見つめていた。
(そんな思いをしているのか?)
そんなきらびやかな物を持っていながら、同時にそんな思いもしているのか……。
ナーミが立ち止まった家から、ひょいと出された顔を見てラスメイは目を見開いた。そして、ナーミの隣に駆け寄って行った。
「エノリア!」
「あれ、ラスメイ?」
と言って顔を上げたエノリアの顔が露骨にゆがんだ。
「カタデイナーゼ」
ラスメイの後を少し急いでついてきたらしい。カタデイナーゼの気配はいつのまにか隣にあった。
「お嬢ちゃんは送るって言っただろ。って送る途中なんだが、なんでここにいるんだ?」
「なんでって……」
エノリアがカタデイナーゼの隣の女性に視線を移した。ナーミは自分に視線が注がれていることに気づいて、にっこりと笑って見せる。
「あ、巫女《アルデ》?」
ナーミはそんなエノリアに会釈だけして、家の中に入って行った。残されたエノリア達は自分達の事情を説明しあって、フェバの家に入って行った。
「キャノさんを見つけたのよ。それで、こうやって付き添ってるわけ」
台所のテーブルにエノリアとミラールとラスメイは付き、カタデイナーゼにそう言った。そして、居間のソファに座り、頭を抱えているダラウに視線を向ける。
「彼女、恋人のことを忘れたわ」
囁く様に言うエノリアに、カタデイナーゼは深いため息で答えた。
「大事なことを忘れるんだって、断言できると思う?」
エノリアは一応、カタデイナーゼに意見を求めた。カタデイナーゼはダラウを見つめたまま、気のない返事をする。
「ちょっと、あんた。この事件、解決したいんでしょ。まじめに聞きなさいって」
「おおまかに、そうだと言えると思う」
それは、ちゃんとした返答になっていないのだが……。不満そうなエノリアの声が聞こえたが、カタデイナーゼはそれに構っていられないようだった。
「キャノさんに話を聞いてみたいけど、今日はやめた方がいいだろうね」
軽く腕を組んでそう言うミラールに、カタデイナーゼはまたうつろに返事をした。
エノリアがわざとらしくため息をつく。
「ちょっと、しっかりしなさいよ」
「明日、話を聞いて回って見るか?」
カタデイナーゼはさすがに、エノリアの微かな怒気に気付いたらしい。顔を上げると、3人を見まわす。
「勿論、話は聞くよ。でも君、何か隠してない?」
カタデイナーゼは明らかに狼狽を見せた。ラスメイがちらりと視線を上げ、そして戻す。ラスメイの様子にエノリアもミラールも気付いていない様だった。
「なにも……」
「そう、ならいいけど……。じゃあ、明日にしようか。ラスメイ、エノリア、もう宿に戻ろう」
「うん」
エノリアは少し家の奥を気にした。すると、奥からナーミが出てくる。軽くウェーブのかかった金髪は、ふわふわと広がってかなり豪奢な感じをもたらした。
「キャノは大丈夫、疲れて眠っているだけね。起きたら家に帰すわ」
ナーミはそうカタデイナーゼに報告すると、腰を上げていたエノリアとミラールに視線を向けた。
「ラスメイちゃんと知り合いってことは、旅のお仲間かしら?」
人懐っこい笑顔は、エノリアの金の目を見ても崩れなかった。ただその言葉に答えたのはミラールだったが。
「そうです。巫女《アルデ》」
「あら、やーね。ナーミって呼んでくれる?その呼び方って、よそよそしくて嫌いなのね」
ミラールににっこりと微笑むと、ナーミは肩を落としたままのダラウを振りかえった。
「しょげていてもしかたないでしょ、ダラウ。キャノにして上げられることを考えて行動しなさいよ」
説教じみた言葉に、ダラウは弱弱しく笑った。
「ほらほら、いい男がそんな顔しないのよ」
ぱんっと小気味のいい音を立てて、ナーミはダラウの背中を叩いた。
「なんだか、すごい巫女《アルデ》だね」
感心した様に呟いたミラールの言葉がおかしくて、エノリアは苦笑してしまう。
「貴方たち、しばらくここに?」
ナーミはまた3人に視線を戻した。
「ラスメイちゃんは事件解決に力を貸してくれるって言ってたけど」
「契約なんです。こいつとの」
エノリアが半分苦笑いしながら、カタデイナーゼを指すと、得たりという顔でナーミが頷く。
「ご迷惑かけたんじゃない?この男、単純だから」
親指の先は、突っ立っているカタデイナーゼを指した。それを見てエノリアはくすりと笑う。
「ええ、たくさん」
「ごめんなさいね。メロサの恥だわ」
なにやら、ナーミとエノリアは意気投合したらしい。話の肴にされているカタデイナーゼは、所在なげに立ち尽くしていたが。
「ま、とにかく宿に帰ります。もう一人、残してきてるんで」
間にはさむ様にミラールが発言すると、そうだったと言うようにエノリアは両手をぽんっと叩いた。
「じゃあ、カタデイナーゼ。明日の朝でいいかしらね。貴方の屋敷に?」
「いや、公園でいいだろう。だめかな」
まだ、何か考えこんでいるような彼の様子を少しきにしつつ、エノリアは頷いた。
「いいわ。それで。朝食後にね」
軽く打ち合わせをして、3人はランが待っているだろう宿に帰っていった。
怒って待っているか、もう先に寝てしまっているか。
そんな想像をした3人だったけど、待っていたのは無人の部屋だった。
日暮れ前について、お客様方を探しに行かれましたが……と、同行していない3人こそを不審にみやって、宿の主人は言った。
そして、3人は顔を見合わせたのである。
まさか……。
「まさか、ねえ」
エノリアはそう言って無理にでも笑おうとしたが、顔は引きつっていた。
「朝、ひょっこり帰ってくるかもしれないから……」
ミラールはそう言って、待機を提案したが自分こそすぐに宿を飛び出して、探しに行きそうな雰囲気である。
ただ、ラスメイはそんな二人を見上げて、小さく息を漏らしたのだった。
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