「メロサは静かな町だな。昼と夜の顔を持っているようだ」
少女の呟きに、カタデイナーゼは呟きで返した。
「今は、事件が続いているからな」
「人形が、夜になると動き出すんじゃないかって怖くならないか?」
上目遣いにそう問われて、カタデイナーゼは肩をすくめた。
「ずっと、人形に囲まれてるからなあ」
「人形は気味が悪い」
ラスメイは夜の冷たい空気を思いきり吸うと、周りを見まわした。
「それに、張り詰めた空気はなんだ……。まるで、皆、息を潜めているようだ」
「夜、だからな」
夜は誰も出歩かない。事件が起こるのが夜だけではないとわかっていても、明るい昼よりは夜のほう がずっと危険だとみな思っているのだ。
「レイ。何を考えてるんだ」
少し怒ったような響きの含んだ少女の声に、カタデイナーゼは気がついた。
彼女を見下ろすと、ラスメイは少し背伸びをするようにして、彼を見つめている。
「怖いのか?」
「俺が怖がっててどうするんだ。お嬢ちゃんを送って行くのにさ」
「怖くないなら、なぜそんな顔をしてるんだ」
カタデイナーゼはしばらく少女の紫の瞳を見つめていた。
「――――俺は……どんな顔をしてた?」
「この夜みたいな、な」
はっきりとそういう少女に、彼は少しだけ笑みを見せると、まっすぐに前を向いた。
「怖いのかもな」
「私を送っていった後に、一人で帰れるのか?」
本当に心配そうなラスメイの表情を見て、カタデイナーゼは張り詰めたような表情を和らげた。
彼女の黒髪をくしゃくしゃと撫でて、笑う。
「怖いといったら、お嬢ちゃんはどうしてくれるんだい」
「そうだな。送ってやろう。ランとミラールとエノリアと一緒にな」
いい思い付きだとでもいいたそうなラスメイに、カタデイナーゼは苦々しく笑った。
「それは、ありがたいな。でも、それじゃあ二度手間だろう」
「でも、帰れないなら仕方ないだろう?」
「それは、そうだが」
町の中央の広場までやってきて、二人は騒々しい雰囲気に気付いた。
「何か……」
「もしかして」
二人のフレーズは重なった。分宮《アル》の方があわただしくて、カタデイナーゼはそちらへ行こうと した。
が、ラスメイが自分のすそを握っていて、動きをとられる。
「お嬢ちゃん、悪いが……」
「アレはなんだ」
ラスメイはカタデイナーゼが行こうとする方向とは逆の方を見つめていた。
「あれ?」
「アレだ!」
ラスメイが指し示したところを何か黒いものがうごめいていた。カタデイナーゼは目を凝らしてそれ を見つめていた。
黒い布の塊が動いているようだった。
家の明かりが何かに反射していた。
カタデイナーゼが微かに息を呑むのを、ラスメイは聞いたような気がする。それはあまりにも微かな空気の動きで、空耳だとも言えそうな小ささだった。
ラスメイは紫色の瞳をこらした。
光を反射しているもの、それは。
「仮面……」
白い仮面のようだった。
黒い外套をすっぽりとかぶった、仮面をつけた人間?
「【醜い者】」
低い声でカタデイナーゼはそう言った。そう言って、そのままラスメイの質問も受け付けようとせず、分宮《アル》の方へ足を向け始めた。
「【醜い者】ってなんだ?」
「そのままだ」
カタデイナーゼは口を閉ざしてしまった。ラスメイは、その者がいた方向をじっと見つめた。
その者は、すっと裏道に入ってしまう。それこそ、闇に解けこむように。
「醜い者だと?」
ラスメイの呟きが、カタデイナーゼに届いたかどうか。
「レイ!」
黒髪を揺らして振りかえる少女にカタデイナーゼは答えなかった。背中一杯で聞かないでくれと言っているようだった。
「レイ様?どうなさいました?」
レイが向かおうとしていた分宮《アル》から、二つの人影が出てきた。そして、そのうちの一人がカタデイナーゼに声をかけ、近寄ってくるのをラスメイは少し離れてみていた。
暗闇だからこそ、その近寄ってくるものの光《リア》が、彼女にははっきりと分かった。
巫女《アルデ》だ。
カタデイナーゼに近寄った二人のうち一人は若い女性で、もう一人は壮年の男性だった。男性は少々焦った様子で、女性とカタデイナーゼを見比べていた。
「何か騒々しいようだから」
カタデイナーゼの言葉に、女は頷いた。闇夜にもわかる見事な金髪は、彼女の光《リア》の強さを示していた。目の色は水色だ。
「ええ。デウマの娘が帰ってきたとか」
至極落ちついた様子で、巫女《アルデ》はそう言うと共にいた男性が、口を挟む。
「だから、早く着てくださいよ。ナーミ様」
「ええ、だから参るといっているでしょう。キャノは無事でしょうよ。ロッサもついているのだから」
「ですがあ」
「フェバ、少し落ちつきなさいな」
軽く叱咤して、男を少し振りかえったときに巫女《アルデ》はラスメイの存在に気付いたようだった。
「あら、見なれない顔ね?」
ナーミは惜し気もなく笑顔をラスメイに向けた。ラスメイは思わず体を堅くしてしまう。そんな自分に気付いて、軽く唇を噛んだ。
「お知り合い?」
「ちょっとな。旅の途中なんだが、今回のこの事件の解決に力を貸してくれるらしい」
それは、語弊があるだろう?とラスメイは微かに思ったが、特に口には出さなかった。
「俺もいっていいかな」
「勿論。メロサーデの若君。それから、貴方も来るでしょう?」
ナーミはラスメイを見つめる。ラスメイはまた硬直したように立っていた。
「そんなに緊張しなくても、取って食べやしませんよ」
くすくすと笑いながら、ナーミはラスメイに歩み寄り、前屈して目を合わせた。
「大丈夫。私は闇《ゼク》に偏見をもっていませんよ」
微かに囁く彼女の声。ラスメイはふと肩の力を抜いた。その声に嘘を感じなかったから。
「やっぱり分かるか」
やっと口を開いた少女を見て、ナーミは満足そうに微笑んだ。
「ええ、でも貴方の闇《ゼク》は、今まで見た闇魔術師《ゼクタ》の中では一番澄んで美しいわ」
「今まで見た?」
闇魔術師《ゼクタ》の数は少ない。今まで見たというからには、複数みたことがあるのだろう。
そんなに機会があるとは思えないのだが。
ナーミをじろじろと見ていると、彼女は得たようにくすりと笑った。
「あら、これでも思ったより生きてますし、いろんな町に行ってるのよ」
どう見ても、十代なのだが……。
顔に思ったことが出たのだろう。ナーミはラスメイの頭にぽんっと手を置いた。
「お肌が年齢を語るのよ?貴方も若いうちに手入れはしっかりと……」
「ナーミさま!!」
痺れを切らしたように、フェバが叫ぶ。
「はいはいはいはい」
やれやれと言ったように両手を上げ、彼女は姿勢を戻すとカタデイナーゼとフェバを振りかえった。
「んじゃ、いきましょうか?」
フェバはまったくと呟き、深いため息をつく。ナーミはそれを気にしないみたいで、ラスメイの肩に手を置いて歩き出した。
どうやら、気に入られてしまったようだ……。
エノリアといい、この巫女《アルデ》といい、普通は闇《ゼク》をいやがるものなのに。自分の肩に置かれた手をちらりと見ながらラスメイは、内心首を傾げてしまう。
風変わりな巫女《アルデ》。
そう思うと、ラスメイの唇に苦笑にも似た笑みがこぼれた。
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