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I 花の国・フュンランへ
 

 アライアルには5つの国がある。その国は国ごとに特色があった。
 シャイマルークは世界の中心、ルスカは代々女王が治めてきた国である。
 チュノーラは商人が中心であり、王族は残ってはいるが、自治権が認められほとんど象徴と化していた。
 ナスカータは高原で暮らすものが多く、素朴な雰囲気を持っていた。
 そして、フュンランはアライアルでも一の芸術の国である。
 たいていの芸術の中心地はフュンランなのだ。
「だから、フュンランは町ごとに、芸術性においての特徴があるんだ」
 ミラールは馬上でそう言う。
 旅をはじめてもう二十日。なんとか一向は隣の国フュンランに入った。 途中途中、呼びとめられることはあったが、 堂々としていたことと、エノリアの髪の色が金色でなかったことで誤魔化すことは出来た。
「次の町は『人形師の町』・メロサだよ」
「人形師?」
 エノリアが興味深そうにミラールの方に体を傾ける。
「うん。実に精巧に本人そっくりに人形を作る人もいるし、操り人形とか作ってる人もいるよ」
「なんか、小さいころもらったような人形も?」
「もちろん」
「じゃあ、父さんが一度買ってきてくれた人形とか…、そこで買ったのかしら?」
 エノリアは懐かしそうに呟いた。
「すっごく大切にしてたのよ。ほとんど金に近い茶色の髪と目をした女の子の人形…」
 ラスメイがその言葉を聞いて振り向いた。
「メロサの人形には、すべてメロサの刻印が刻まれているはずだが。あと人形師の刻印とな」
「…そうねえ。どうだったかなあ」
 そんな3人の話を聞きながら、先頭を進んでいたランが振り返った。
「ひとまず、今日はメロサで泊まる。馬を休ませたい」
「ほんと、愛されてんのね。《ラルディ》は」
 古語に興味を持ったエノリアは、空き時間にラスメイに少しずつ精霊語を教えてもらっていた。その成果か、いく らか流暢になってきた発音で、ランの愛馬の名を呼ぶ。
「いいだろ、別に。こいつ達がいなかったら、こんなに早くフュンランには着いてないんだぞ」
 片方の眉を少しだけ上げて、ランは反論する。この旅路の途中、何回か魔物に襲われたが、ランはよっぽど切羽詰った状況で無い限り、馬に防御のための結界をはってから戦いに入る。
 途中までは気付かなかったが、戦いに入る前にそっと回りを示すように手で空を切るのは、そのためらしい。
(癖かおまじないだと思ってたんだけどな)
 エノリアは思い出して苦笑する。
 指摘すると、『これからの旅路で困るだろう?』ともっともらしく言うラン。
 彼にとって理由はあとからついてくるということに、エノリアはもう気付いていた。
(馬が好きなんだよねえ…)
 結局はそういうことなのだ。
「馬には優しいのにさ」
「人にも優しくしてるだろ」
「優しい?って言うの?あれが」
「なっ!………まだ根に持ってるのかよ」
「根に持ちますよ!あんなことされたら誰だって!」
「お前が食意地がはってるだけだろ」
「冗談じゃないわよ。あれは取っておいたの!それを何も言わずに横からかっさらって食べて!楽しみに取ってたの! それから、お前って呼ばないでよね。ずうずうしい」
「残ってたら普通嫌いなんだと思うだろう?普通、好きなものから食べないか?!それから、じゃあお前も俺のことあ んたって呼ぶなよな」
「あんたのひねくれた基準で判断しないでよね!あんたなんてあんたでじゅうぶんよ!【封印】ですって?何を封印し てるのかしら?その悪い性格かしら?おほほほ。封印し切れなくてあふれちゃってるあたりもうおしまいねえ!!」
「自分がひねくれてるのを棚に上げるために、俺をひねくれてるってことにするなよ。お前こそお前で十分じゃない か!【美しい】光《リア》だと?お前に美しいなんて言葉はもったいないんだよ!」
「何ですって!この旅の間どれだけの人に声を掛けられたと思ってんの?15人よ!」
「数えてるあたり、あさましいな!」
 二人の漫才を聞きながら、ミラールとラスメイは空を見上げていた。
「はあ、話題を二つ同時進行して喧嘩できるあたり、感心するよね」
「聞いてて飽きないけどな」
「ラスメイ知ってるかい?」
「何を?」
「古来の人はね、こんな様子をさして、上手いこと言ったものだよ」
 二人の喧嘩は、今日食べた朝食についてになりはじめた。お題は卵の食べ方らしい。
「『喧嘩するほど仲が良い』ってね」
「ほほう…、至言ってやつだな」
 卵の食べ方から、お茶の入れ方の話になり(どうしてそれで喧嘩ができるのかは謎だが)ネタが尽きようとしていたとき…。
 ランが後方を振りかえった。
「何?」
 エノリアもつられて振りかえり、二人の口論がやんだことから、残った二人も振りかえった。
 ミラールの耳に届いたのは。
「悲鳴?」
 ランたち一行は、運良く遭遇しなかったものに遭遇した一行がいるらしい。
 ランは手綱を引き、ラルディの進行方向を変えさせる。
「ラン?」
 暗に「行こうか」と聞くミラールに首をふり、ついてこようとしたラスメイを押しとどめた。
「見てくる。お前たちは先にメロサへ」
「でも」
 反論しかけたラスメイに、ランは緑の瞳の力強さで説得する。
「エノリアをまかせた。すぐに追いつくから」
「……わかった」
 不満そうなラスメイ。エノリアが思いついたように口にする。
「大丈夫なの?」
「大丈夫」
 力強く頷いて、ランはラルディを走らせた。
 エノリアが軽く息をつく。
「ランだって馬鹿じゃないわよ。命に危険がありそうなことには顔をつっこまないでしょ」
(いや、つっこむんだよ…)
 そうとも言えず、ミラールとラスメイは溜息を落とした。
 そうして、だいたい「すぐに追いつく」は「一日ぐらいかかるかも」って言う意味かもしれないということを二人 は特に言わなかった。
 よくあるパターンだったからである。
 
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