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エピローグ
 

 薄い茶色の髪を持つ、長身の青年がその村にたどり着いたのは、事件三日後。分宮《アル》は、隣町の分隊が捜査の手を伸ばしていた。
 彼は分宮《アル》を覗き込む人々の群れを掻き分け、門に足を踏み入れた。
「おい、そこの。入るな!」
 それを見咎めて苛立った声をかける兵を一瞥する。冷ややかな瞳の光よりも、それが誰であるかということに気づいて兵士は硬直した。
「セイ…様」
 どうやら、自分を知っているものらしい。余計な説明をしなくて済んだ、と彼は思った。
「責任者は」
 シャイマルーク王の片腕は愛想もなく聞く。兵士は中ですと言った。中なのは分かっている…。
 大きく息をつくと、それ以上何も言わずに足を踏み入れる。
 セイは、分宮《アル》に入り、人々が忙しなく動き回る現場に向った。
 並べられた何体もの遺体。
 忙しく動いていた一人が彼を見止め、さっと近づいてきて一礼する。その男は青年よりも倍は年を取っていそうだったが、青年はそれに軽く頷いただけだった。
「セイ様」
「状況は」
「行方不明の水魔術師《ルシタ》たちと、オオガで随分前に亡くなった青年、そして巫女《アルデ》の遺体が発見されました」
「前に亡くなった青年の遺体とは?」
「…それが謎でしてね」
「不可解な」
 一言呟くとセイは形の良い顎をつまむ。
「住人達に聞いた話から少し気になることが…」
 兵士がおずおずと切り出すと、セイは無言で先を進めた。
「少し前に4人ぐみの旅人が現れたということなのです」
 セイは少しだけ顔を兵士に向けた。
「一人の老人から聞いた話では、そのなかに金色の瞳を持つものがいたとか。てっきり宮からの使者かと思ったが、旅のものであったと」
 少しだけ瞳が見開かれる。
 まあ、関係があるかどうかは分かりませんがねと続く言葉を、無視してセイは彼を振りかえった。
「聞きたい」
「は…?」
「詳しい話が聞きたい。案内してくれ」
 冷たい光しか宿さなかった瞳には、微かな熱がこもったようにみえた。



 北へ向う4つの影。
「なあ…」
 一人が突然呟いた。その問いの先に居るのは誰でも良かった。
「彼女は幸せだったのか?」
 一人は少し顔を上げ、一人はうつむいた。もう一人は遠くを見つめる。
「…何が幸せかなんてわからない」
 顔を上げた彼女は、まっすぐな目で前を見据える。
「怖いのは幸せだって思いこんでしまうことじゃないかな。幸せの基準なんてないのにね」
「少なくとも…」
 遠くを見つめていた彼が、呟いた。
「最期の彼女は不幸せなんかじゃないよ。きっと…」
「…彼女の求めていた彼の魂は…あそこにはなかった」
 最初に問うた彼女がそういってうつむいた。
「捕えようとしていた魂は、すでにそこにはなかったんだ。彼女の術は彼の魂さえ手に入れることができなかった」
 それでも…呟いて少女はうつむく。
「それでも、幸せだったと?」
 あんなに自分の手を汚しても、得ることができなかった。すべてが無駄だったと言われても?
「失ったものを取り戻すことなんてできない」
 さっきから黙っていた黒髪の彼がそういう。
「ただ、それだけだ」
「可哀想だな」 
 紫の瞳の少女は沈痛な面持ちで呟いた。
「知らないことがたくさんあったんだよ。きっと…。だから、そんなことも忘れてしまってたんだろう」
「思いこみって怖いのよね」
 金の瞳が翳った。
「…そう思いつづければ、楽。決め付けてしまえば楽。だけど、いつか狂うのよ。自分の認識と現実の間の差に気づいて…」
 大きく息をつく。
「狂ってしまえば、修正するのがどちらなのか…分からなくなる」
「お前は?思いこんだりしてないのか?」
 黒髪の彼の問いに、彼女は苦笑した。
「そんなのわかんないわよ。4年も閉じ込められてたら、狂ってるかもしれないわよ? そんな環境じゃあ、思いこんでしまったほうが楽なのよ。
 でも、そのひとつの価値観、思いこみ……、それがあれば」
 彼女は目を伏せる。
「迷わず、私は命を絶ったわ」


 それが救いになるのかどうか分からない。
 でも、私は旅を続ける。
 シャイナを探すために。
 そして、自分を見つけるために…。


「フュンラン…だ」
 黒髪の青年が呟いた。
 旅をはじめてから十一日、シャイマルークとフュンランの国境にさしかかった。
 言うまでもなく旅は始まったばかりである。


(第1話「月の消える日」終わり)

 
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