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硝子の向こう
 
 全てのものが沈黙を守っているようだった。
 その中で立っていた。
 手に何か重いものがずっしりと、のしかかっている。
 肩に置かれた頼りない手。
 すがるような手。
 その感触も、僕には何の要素も与えてくれない。
 雨の感触だけが、僕を現実に引きとめていた。

 この瞬間を想像しなかったわけじゃない。

 黒色に身を堅め、そして彼の写真を持つ。
 空虚なほど優しい微笑を浮かべた彼の写真を。
 その様子を僕は、他人が見ているように正確に思い浮かべることができた。 
 ただ、そこには雑多な音は存在しない。
 雨の音と雨の感触。


 時間がこのまま止まったとしたら、
 僕はきっと雨に打たれて凍え死ぬだろう。
 死ぬことが怖いと思わない。
 ただ、どうしようもない静けさが恐怖だった。


 ふと、顔を上げると、ある視線と自分の視線がぶつかった。
 少女の目は雨で濡れていた。僕は、それが雨だと疑わなかった。
 きっと、彼女は泣けないから……。


 きっと、泣くことができないから。


 少女がその場に倒れるのを、ただ僕は、見つめていた。


 抱きしめる腕だって、無駄なんだ。
 今は貴方以外の腕は、きっと無駄なんだ――。


 誰かが気づいて、そして駆け寄って行く。


 ――――痛みと口に広がる鉄の味。
 自分の肩に置かれた手が、母のものだとようやく気付いて――――、

のどが、熱くなった。     
 
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