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回り道。 |
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『お前は素敵だから、きっとすぐにいい奴が現れるさ』
なんて、某化粧品のCMとそっくりなせりふ言って。
(ちょっと昔のCMだけど)
『お前を嫌いになったわけじゃないんだ。もっと好きな人が出来てしまったんだ』
だからって普通二股かける?向こうの女は二股だってこと知ってて余裕かましていたってのがまたまた腹立つのよね。
『全部は言わせないで欲しい』
(勝手なことばっかり)
今日は良くないことが起こるってわかってたのよ。だって、星占いカウントダウン(ハイパー)じゃ あ、12位だったし、血液型選手権もビリだった。
どの星占い見ても、今月はよくないってでてたし。黒猫は横切るし、靴紐は切れるし、先生には呼ばれるし、提出レポート忘れてたし!昨日休講だと思ってた講義は、今日になってあったってことが判明するしっ!!
自転車の鍵は無くしたって思って歩いて帰ろうとしたら途中でポケットの奥から出てきてってもうこれ以上は思い出したくなんか無い!!
その上二股かけられて、妙な気を使われながらフラレルなんて。
(フラレルなんて)
手に握り締めた2枚のチケットに目を落とした。
最近、彼と上手く言ってないんだと言ったら、二人でこの個展を見に行けば?と、友人がくれたチケットだった。
「招待券」と書かれたチケットを見て、こいつ、こういう方面にも知り合いが居るんだぁと驚いてしまった。
それよりも、いつも笑い飛ばす彼女が、真剣な顔をして渡してくれたのも印象的だった。
予感があったのかなあ。別れる寸前だって。あの人の勘、するどいから。
今日はこれを渡して、一緒に見に行こうと思ってたのに。せっかく優がくれたのに……。
ぴらぴらと振る。その色使いが淡いチケット。
捨てちゃおっかな。
などと思いつつ、足はその個展をしてるところに向かっていた。
こぎれいなビルの間にある、小さなアトリエ。
こんなところにアトリエがあるってことさえ、知らなかった。大体普段から絵とか見ないから。
私は2枚のチケットとにらめっこしていた。
これが2枚ってのがまた憎らしいんだよね。
1枚なら捨てない。2枚だから捨てたくなる。
(はあ)
自分のため息の大きさで、自分の心を一段と重くして私はアトリエの前まできていた。
(ついちゃった)
なんとなく様子を伺って見ると、硝子張りの入り口の前で一人の男性が立っていた。
その人は、入り口に張られたポスターをじっと見つめていて、人の流れにそうやって逆らっていた。
私も立ち止まってしまっていたので、まるで私たちは川中の岩の様。
自分の手元のチケットに目を落とす。
(入りたいのかなあ)
有料、というわけではないのだけど、やっぱりこういうきっかけがないと入りにくいんじゃないかな 。
私は、ろくろくチケットを見ていなかったので、「招待券」という文字しか目に入ってなかった。
だから、この個展が誰のものか、ってこともかなり無頓着。っていうか、それどころじゃないってね 。
ふと彼の見つめているポスターをみると、そこには抽象画が使われていた。
いろいろな色で線が描かれた抽象画。
私って、そんな絵はよくわかんない。ピカソだってわかんないし、シャガールだってよくわかんない 。
ピカソなんて誰にも描けそうじゃない?
そんなことを言ったら優は苦笑していたっけ。
(『まねだったら誰にでもできるって』)
なるほど、なんて思ったけど。
まあ、それよりその抽象画を私も食い入る様にみてしまった、ポスターなのに。
何か、捕らえて離さない。
しばらくぼうっと見ていたら、彼がこちらに顔を向けた。
(あ、目が)
時間が急速に冷えて行くような錯覚を覚えて、私は何かしなくてはという焦燥感にかられていた。
だからなのか、チケットを持っていた手を思わず彼に向けてしまった。
向けたら向けたで、何か言わなくてはならない。
「こ、これ、よかったら使って……くだ…さい」
彼は一瞬怪訝な顔をしたので、私はそのとき初めて恥ずかしくなった。
初対面の人に、急にこんなこと言うか?なんて思ったけど、まあいいや。私は今失恋したばっかりで 、いつもとはぜんぜん違う心境なんだから。
私が困って恥ずかしくて、そんな顔をしていたからか、彼は微笑んだ。
ふわっと。
そう、ふわりと微笑んだ。
「ありがとう」
少し困った様子だったけど、彼は私の手から1枚チケットを抜く。そして、立ったままこちらを見ていた。
「い、1枚でいいの?」
私は2枚とも持って行ってもらってもいいと思ってたから、ちょっと拍子抜けだった。よく考えれば 、1枚で良いはずだ。いますぐ入るなら。
「もう1枚は君がつかうんでしょう?」
柔らかな声で彼はそう言う。違う、とも言えずに私はうなずいた。
あの絵を見たから。もっと他の絵が見たくなった。
彼はアトリエの扉を開けると私を招き入れる。私はすんなりと、この初対面の彼と一緒にアトリエに入ることに成った。
よくよく見ればかなり整った顔をしている。ちょっと優男っぽいのが減点かなあ、ユウジにくら…… 。
ああ、やめようやめよう。あんな奴と比べてどうする。
(優男、結構じゃないか)
半分やけになっていた私は、その心境を全部顔に出していたらしい。隣でその優男くんがくすりと笑った。
私はわざとらしく咳払いなんかしてから視線を絵に向けた。彼の気配はどんどん遠くなって行ったけど、まあ、別に一緒に見ようなんて言ってないから当然か。
絵は、ど素人の私の眼から見ても素晴らしいものだった。
なんだろう。優しいっていうのが、第1印象。でも、もっと深い。そう、包みこんで癒してくれて……でも、最終的にぽんっと肩を押されるような。
(ああ、全然言いきれない)
最初はいろんな色の抽象画ばかりだったけれど、次は小さな花のスケッチだった。
生き生きとして、力強くて……。
パワフルだった。でも、どこか寂しい。
訴えるのは、強さだろう。
生きる力強さと、その影。
ただ、深い愛情は確かにあったと思う。
私は、失恋したことも全部忘れて、その絵に見入っていた。
最後の絵まで横に歩いていると、とんっと誰かにぶつかった。
「ご、めんなさい」
と振り向くとあの優男くんが笑っていた。
「夢中なんだね」
「う、うん。すごいね。すごい、良い絵だね」
半分興奮しながら言った私に、優男くんは歯切れの悪い笑みを見せた。
「そうだね」
「でも、なんか寂しいよね……」
「寂しい?」
「うん。綺麗なんだけどね。満たされない感じがするの」
「そうだね」
「描いた人は寂しい人なのかなあ」
最後の絵を見ると、そこには一人の女の子がかかれていた。微かに微笑んだ少女。その絵だけは、とても優しさに満たされていた。
「これは……すごく幸せそうなのに」
題を見ると「亡き兄へ」と小さく刻んである。
「描いた人が寂しいと言うより……、見た人が悲しいっていうことは、思いつかない?」
優男くんはそんなことを言う。私は、思い当たる節がいくつもあったので黙ってしまった。
「絵はね、見る人の心を映し出すものだと思わない?」
「え……」
優男くんは微妙な笑いを浮かべていた。謎かけのように。
「寂しいんじゃないのかな」
「私……」
「ごめん、変なこと言ったね。聞かれたくないこととか、触れられたくないこととかあるよね」
あの微妙な笑顔は消えていて、彼は微笑んだ。
(あ)
奇妙な感覚に襲われる。
(重なった)
彼の印象と、絵が重なった。
「どの絵に一番惹かれたの?」
優男くんの質問に私は我にかえり、ある小さな絵を指した。小さな花を描いた絵だった。
「あれ」
優男くんはそれを見ると、受付の女の人に耳打ちをした。そして、その絵を取り上げる。
「え、ちょっと勝手に!」
優男くんは笑いながらその絵を驚いている私に差し出す。
「あげるよ」
「あげるって……」
あっけに取られている私に、優男くんはかまわずに言った。
「君のこの絵に対する感想はね、君自身の心なんだよ」
私はぼうっと彼を見つめると、彼はちょっといたずらっぽく片目を閉じて見せた。
「このチケットのお礼だよ」
アトリエの扉が開かれ、そこに一人の女性が顔を出した。
「ヒロアキくん。やっぱりここね」
「ごめん。今行く」
ヒロアキと呼ばれた優男くんは、私にもう一度笑みを見せてから付け加える様に言った。
「花言葉、知ってる?」
「この花の?」
急に絵を渡されたことへの焦りと頭に浮かんだたくさんの疑問符で、私の顔はきっと変な表情を浮かべていただろう。
優男くんは何か含んだ笑顔を向ける。
「『あなたは幸福です』」
私は思わず吹き出してしまった。
(こんな日に?)
笑ってしまうと同時に私の心の中に、ぽんっと灯りが燈ったような気がした。
笑いながら顔を上げると彼はにっこりと微笑んで女性の元に寄り、私にちょっと手を上げた。女性が私に少し笑いながら会釈をしてきたので、私もあわてて頭をさげる。
(礼儀正しい人だな)
寄りそう二人の後姿を見ながら、私の中で何かがひっかかった。
あれ、あの人……。
デジャヴに似たものを感じて私は振りかえる。
あ、この絵の……。
そして慌ててチケットの半券を見た。そこにはローマ字で「HIROAKI KITAJIMA」と……。
ヒロアキ?
ヒロアキ!?
この絵の作者?あの優男くんが!
ということは、この展示の作者にチケットを渡したんだ私。
なんだかぼうっとしてしまい……、そのまま受付の人に軽く頭を下げて、アトリエを出た。
太陽の光にさらされた瞬間、笑いがあふれてきた。
もらった絵を胸に抱いて、私は馬鹿みたいに笑っていた。
すれ違う人々の視線も気にならない。
(あーあ、ばっかみたい)
勢いで仰いだ空は抜ける様に青い。気付けば空気は太陽のいい匂いがしていた。
こんな日にフラレテ、いろんなことがあって。
間抜けなことして、絵をもらっちゃったりして……。
(結構、いい日かもしれないね)
「帰ろうかな」
ぽつりと呟くと、なんとなく心が軽くなった。
帰ろう。
この先の通りにある高いけどおしゃれなケーキ屋さんによって、今日はイチゴのたくさん乗ったケーキを買おう。とっておきの紅茶の葉っぱをその先の専門店で買って。
チケットをくれた我が友にお礼の電話をしよう。振られたって意気揚揚と報告してやる。
それからちょっと回り道して、川沿いに帰ろう。
春の空気をいっぱいに吸って。
今ならこの花が見れるかもしれないね。
『あなたは幸福です』
貴重な日じゃないですか。
大きく息を吸い、両手を上げて伸びをする。
こんな日には、回り道をしてかえりましょ。
時間を無駄に使って、かえりましょ。
そういう日があってもいいね。
私はくすりと笑って、一歩踏み出した。 |
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