廻(めぐ)るもの。

作・maruさん

「ちょっとここで休んでいこうか」
先頭にいたミラールが突然馬の足を緩めた。
「でも、もうすぐ・・・」
言いかけて、ランははっと口を噤んだ。
本当はさっさと次の町へ入ってしまいたい。あとほんの少し我慢すれば、宿に荷物を置いて休めるのだから。しかし・・・。
「いいじゃない、せっかくいいお天気なんだもの!」
思ったとおりエノリアがミラールに賛同する。
確かに周囲に広がる森へ木漏れ日が差し込んでいて美しい。彼女はこの辺りに差し掛かった時からその事に気付いていたのだろう。
普段からエノリアはランの意見よりもミラールの意見を優遇する。わざとなのかどうかはランの知った事ではないが、その可能性は充分に考えられた。
「ラスメイはどう?」
エノリアは自分よりも随分と幼い少女に尋ねた。しかしラスメイと呼ばれた少女は10歳という年齢にしては大人びた目をしている。
「私はどちらでも構わない。でもミラールが休みたいのなら休んでいこう」
ラスメイの口調は彼女の印象以上に大人びていた。
「決定!」
そう言って馬を森の方へ向かわせた3人の後を、ランは溜息をつきながらついて行った。
(気楽なもんだよな。でも、怪しい雰囲気もないし・・・いいか)
ランは注意深く辺りを見渡し、四匹の馬を川の近くで休ませると自分もすぐ側に立つ木の下に座った。

エノリアとラスメイは森の中を流れている小川に両足を浸して遊んでいる。
ミラールの姿は見えないが、きっと何か探しにでも行っているのだろう。
ランはミラールが戻るまで自分がエノリア達を見守るつもりでいたが、あまりにも暖かい日差しに、ついうとうとと夢の中へ入り込んでいった。
心地よい風が頬を撫で、パシャパシャと水がはねる音だけが彼の耳にいつまでも届いていた。

                   ▼△▼△

「どうしよう、ラン・・・」
降りしきる雨に、ミラールの泣きそうな声。
二人は大きなパンと幾つかの瓶が入った紙袋を大切そうに抱えながら、まだ昼だというのに暗くなっている空を見上げた。
ようやく9歳になった彼らは、養い主であるセアラに頼まれて城下町の市まで買い物に出かけ、その帰りに夕立に会ってしまったのだ。
買い物はいつもならニナがやってくれる。ご飯の用意も家の掃除も。
でも昨日から家の用事でどうしてもセアラの家に来る事ができなかった。
それで思っていたよりも早く無くなってしまったパンとミルク、ついでにセアラに頼まれたワインを買いに行くことになった。
「セアラのやつ、絶対雨が降ること知ってたんだ・・・知ってて言わなかったんだ」
ランは自分も泣きたくなっているのを堪えて、一生懸命どうするべきか考えた。しかしこの雨の中を走っていくには彼らの家は遠すぎる。
「どうしよう・・・」
その時、傘をさした女性が軒下にいる二人の側へやって来た。にこにこと笑みを浮かべ、嫌な感じはしない。

「坊や達、雨宿りかい?」
「うん」
二人は揃って首を縦に振った。
「すぐには止みそうにないねぇ。ここじゃ寒いだろ、おばさんの家で雨宿りしていきな」
おばさんは優しそうに笑うと、すぐ近くの家を指した。ランとミラールは黙ったまま目を見合わせた。そして口を揃えて言った。
「行く!」

「狭い家だけどね、お入り」
開かれた戸口は二人が暮らすセアラの屋敷より幾分か小さかったが、この女性の人柄を表すような暖かな雰囲気があった。
それは丸みをおびたデザインの家具のせいかもしれないし、柔らかな絨毯のせいかもしれなかった。
渡されたタオルはふわふわとして温かく、二人は濡れた服の替わりにサッパリとした大き目のシャツを借りた。
服は暖炉の近くに掛けられ、テーブルに出されたスープはとても美味しかった。
「おばさん、ありがとう」
ようやく笑顔になったミラールが礼を言うと、彼女も嬉しそうに笑った。
「服が乾くまでもう少しかかるから、これで遊んでいるかい?雨はじきに止むと思うけどね」
そう言って出されたのは、一つのボードゲーム。二人は初めて見る遊びに目を輝かせた。
始めは小さく折りたたんであったボードは広げていくとランの両腕を伸ばしても届かない程の大きさになり、中には木でできた小さな駒とダイスが2つ付いていた。
「さあ、この中から好きな駒を選んで」
二人は言われるままに好きな駒を選んだ。ミラールは楽師、ランは剣士を象った駒。細かい木彫りで淡く色が塗ってあった。
「ここから始めるんだよ。そして順番にダイスを転がして、その時に出た数だけマスを進むんだ」
じゃんけんに勝ったランがダイスを転がす。二つを合わせると7になった。
「いち、にぃ、さん・・・」
数えながら駒を進めていくと、7つ目の場所には文章が書いてあった。

  『盗賊を捕まえる +15』

「これ何?」
「そうそう、それを説明しないとね。ゲームを始める時、一人100点ずつ点数を持ってるんだよ。
 そこからその点数を足したり引いたりするのさ。0になったら負けだよ」
「じゃ、僕は115点だね」
「そういうこと。もちろん、先にゴールした方が勝ちさ。点数が高いほうを勝ちにしてもいいね。
 ルールは自分たちで決めればいいよ。おもしろそうだろ?」
「うん!」

それから二人は夢中になって遊んでいた。いつの間にか雨は上がり、服も乾いたらしく暖炉の前にたたんであった。
鮮やかな夕焼けが部屋に射し込んで来ているのを見た二人は、もう帰らなくてはいけない事に気付いた。
「気を付けて帰るんだよ」
戸口で名残惜しそうにしている二人を見て、女性はさっきまで二人が遊んでいたボードゲームを手渡してくれた。
「持っておいき。うちの息子たちは、もうこれで遊ぶ年じゃなくなったからね」
「ありがとう!」
二人は買い物袋とボードゲームを受け取り、また大事そうに抱えて帰路に着いた。


「お帰り。遅かったじゃないか」
二人が家に着いた頃には、もう辺りは薄暗くなっていた。
中に入って買ってきたものをテーブルに並べていると、2階からセアラが降りてきた。
「ごめん、セアラ。雨が降ってきたんだ」
ミラールが言うと、セアラは「知ってるよ。何処かで雨宿りしてきたんだろう?」とにっこり笑った。
(知ってたくせに・・・)
ランは心の中で、まだセアラが雨が降るのを知っていてわざと二人を使いに出したと疑っていた。
「うん?どうしたのかな、ラン?そんな怖い顔しちゃってさ」
「べ、別にっ」
余計な事は言わない方がいい――特にセアラには。それが、ランがこの家で一番最初に学んだ事だった。

 いつもより少し遅くなった夕食の後、ランとミラールは再びボードゲームを始めた。
後になって気付いたのだが、同じマスに止まっても自分が選んだ駒によって書かれている内容が違ったりして、なかなか凝った作りになっていた。
例えば楽師には『謎の笛を拾う +7』と書いてあるのに、剣士では『馬を休ませる 1回休み』・・・と言った具合に。
「静かだと思ったら、何をやってるんだい?」
二人が時間を忘れて夢中になっていると、突然セアラの声が上から降ってきた。
「セ、セアラ!?」
もう寝なくてはいけない時間なのかと慌てる二人にはお構いなしに、セアラはボードゲームをまじまじと眺めている。
「へぇぇ、魔術大戦を題材にして作ってあるのか。なかなか凝ってるな」
「まじゅつたいせん?」
あまり聞き慣れない言葉に二人は顔を見合わせる。セアラはそんな二人を見て満足げな笑みを浮かべた。
「ずっと昔に起こった戦いさ。何を隠そう、この僕が解決したようなものなんだけどね」
得意げなセアラを見て二人は「へえぇ」と驚きの声を挙げる。
彼らはまだ大昔の大戦を解決した人間が目の前に居るという矛盾に気付いていなかった。
「あ、じゃあ、セアラも一緒にやろうよ」
そう言いながらミラールは余っていた駒を両手に乗せてセアラに見せた。
「そうだな、ちょっとぐらいなら付き合ってもいいか。僕ならやっぱり大魔術師だな」
楽しそうに小さな駒たちを物色するセアラ。しかし、大魔術師の駒があるわけがない。
「そんなのないよ、セアラ。・・・魔術師じゃだめ?魔術師がだんだん偉くなって大魔術師になるんだよ、きっと!」
一生懸命に魔術師の駒を勧めるミラール。しかし相手は本物の大魔術師である。
「いやだね。なんで僕がそんな下積みをしなくちゃいけないのさ」
ふんぞり返るセアラに、ランは冷ややかに言った。
「まったく、わがままだな」
それを聞いたセアラはわざとらしく溜息をつくと2階へ戻ってしまった。
その後は何となく気がそがれてしまい、その晩は二人ともゲームを止めてしまった。


「ラン、ミラール。ちょっとおいで」
ある日、珍しく外出していたセアラが、帰るなり二人を呼んだ。
「なに?」
ばたばたと居間へ行くと、セアラが紙袋を持っていた。
「お前達に土産だよ」
渡された紙袋の中には、新しいボードゲームが入っていた。
「必ず最後までやってみるんだね。こっちの方が面白いし、勉強になる」
にんまりと怪しく笑ったあと、セアラはさっさと自室へ戻っていった。
不思議そうにその後ろ姿を見送った二人に、ニナが声をかけた。
「まだ夕食まで時間があるから、遊んでおいで」
「はぁ〜い」

 さっそくセアラに貰ったゲームを始めた二人。付いている駒やダイスは、前に貰った物とは似つかないほど立派だった。
「凄いな」
「うん」
二人はどきどきしながらボードを広げ、その色鮮やかな紙面に目を奪われた。
ところが。
「ランの番だよ」
「うん」
ダイスを振って進む度に、ランの表情は暗くなっていく。
なぜなら『剣士、池に落ちる -10』や『剣士、落し物をする -7』など剣士には悪い事ばかりが書いてあるのだ。
ランの持ち点はあっと言う間に減っていった。
「これ・・・嫌がらせだっ」
思わず叫んだランに、ミラールは冷静に言い返す。
「そんな事無いよ。ほら、ここには『街で姫君を助ける +10』って書いてあるよ。偶然だよ」
「・・・そうかぁ・・・?」
何となく不信感を抱きつつも、ゲームを進めていくラン。しかし、本当に大変なのはこれからだった。

「ニナ!ニナ、大変っ!」
翌日、ミラールが珍しく大声を出してニナを呼んだ。
「どうしたんだい、ミラール?」
「ランが、池に落ちたっっ!」
二人が大慌てでランが落ちたという池のほとりへ走っていくと、ずぶ濡れになったランが上に来ていたシャツを脱いでしぼっているところだった。
「大丈夫だったかい?」
ニナが持っていたタオルをランに渡すと、ランは頭を拭きながら頷いた。しかし心の中は穏やかではなかった。
(あのゲームのせいだ・・・!)
それをミラールに話しても、彼は笑うだけだった。気のせいだ、と。
現にミラールが踏んだコマに書いてあることは何一つ現実に起こらない。
だから気のせいだと言われても仕方の無いことだったが、ランには納得できなかった。
(これは絶対にセアラの嫌がらせだ・・・あいつがゲームに何かの魔法をかけたんだ)
ランは何度かセアラを問い詰めたが、彼はお得意の笑顔と話術で話を逸らすばかりだった。


それから数年後、いつしか二人はボードゲームで遊ばなくなっていた。
何度も遊び尽くしたから飽きてしまった上に、ボードゲームに夢中になる年齢でもなくなったのだ。
気が付くとミラールは笛などの楽器を奏でる方が好きになっていたし、ランも剣や馬を駆る方が好きだった。
あのボードゲームにセアラの嫌がらせの魔法がかかっていたのかどうか結局分からずじまいだったが、そんな事すらも忘れていた。
思い返せば自分たちがボードゲームで遊ぶようになったきっかけや、セアラに嫌がらせをされたと信じて疑わなかった頃の事など
もう何年も記憶の片隅にしまい込んでいたように思う。

ミラールと二人、夢中になって遊んでいた頃。セアラやニナに守られていた幸福な時間。

(そうか・・・セアラはあの時、一緒に遊びたかったんだな・・・)

そう気付いた瞬間、ランは目を覚ました。

                   ▼△▼△

「あ、起きた」
目を開けると、ラスメイが目の前でじっとこちらを覗きこんでいた。
「え、と。・・・あれ?」
妙にリアルな夢だったためか、しばらくランは自分が何処にいるのか思い出せなかった。
「まだ寝ぼけているのか?出発だぞ」
ラスメイは立ち上がると、ぱんぱん、と膝に付いている草を払った。
そこへミラールとエノリアがやって来る。
「やーっと起きたのね。寝坊すけさん」
「あ、ああ・・・」
エノリアの挑発的な態度は軽く流して、ランも立ち上がった。
「さて、行こうか」
ミラールが馬の手綱を木の枝から外しながら声を掛けてきた。ランもすぐ側で自分を待つ愛馬の手綱を取る。

その時、エノリアが隣りへ来て囁いた。
「ミラールが面白いボードゲームを見つけてきたの。宿に着いたら一勝負するわよ」
「・・・!?」

ランは背筋に冷たいものが走ったような気がして、思わず振り返った。もちろん、そこには誰もいない。
「まさか、な」
自分に言い聞かせるように呟くと、ランは仲間が待つ森の出口へと向かった。




【お礼】

「イマルーク」のパロディっすよ。すっげー嬉しい!!
自分がパロディ書けない人なんで、書ける人を尊敬してしまいます。
ランとミラール、かわいいなぁとか自分のキャラなのににんまりしてしまって。
あーすっごい嬉しいです!! ありがとうございました。

 

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