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7 少年と姫君の涙 【2】
 

 城の廊下を無言で歩くタウに、イクロはうろうろとしながらついて廻った。
「どーゆーつもりよ! タウ。もうわかってるじゃない! ヨバルスは地人が争ってるのがいやなのよ。見たでしょ? 地人が地人を殺すのを」
「違うと思う」
 タウはイクロを見もせずに言った。
「何が違うのよ」
「父さんは違うと言ったよ」
「違うなんて言って無いでしょ? 見定めろって言ったんでしょ?!」
 イクロはタウの前を遮った。
「見定めたじゃない!」
「父さんは、ヨバルスの声を聞いてるはずなんだよ」
「そうね、長老だから」
「原因を知ってて、どうして僕を地上に下ろしたのかなって、思ったんだ」
「それはタウに地上に降りて欲しかったからでしょ?」
「そうだけど、何かひっかかるんだ」
 タウは顎をつまんで首を傾げた。
「ヨバルスがしゃべらなくなったのは、ヨバルスが僕達にその原因を言うことができなかったからじゃないのかな」
「何よそれ」
「……うん」
 タウはふと視線をずらした。視界の端っこにうずくまってごそごそと動く人影が入ったからだ。
 その人は庭の一角にいた。後ろからは汚れてよれよれになった服が目に入る。城にはそぐわぬ雰囲気を持っていたからなのか、タウは好奇心に導かれるようにしてその人影へ近づいて行った。
「あのー」
 後ろから声をかけると、その人の背中が大きくゆれた。おそるおそるというように振り返り、その目を大きくする。
「ヨバルズシア!」
 年とともに皺を重ねただろう顔が驚きに支配される。
 タウは「あ」と言って、自分の羽に手をやった。だけどもう遅い。
 老人はそんなタウをしばらく見つめていたが、急にふと表情を緩やかにした。
「死ぬ前に会えるとはなぁ。伝説はほんものっつーことだな」
「伝説ですか」
「ふむ。伝説の存在は伝説にされてることは知らんかの? 知ってても実感がわかんか? ま、そうだろな」
 老人はにかっと笑うと、よいしょと言ってタウ達に身体を向けるように座りなおした。タウもしゃがみこんで、イクロが呆れたようにたったままこちらを見下ろしている。
 老人は近くに置いていた茶器を手に取ると、カップにお茶を入れ始めた。タウに勧めるが、タウはそれを笑いながら断った。
「嬢ちゃんはいらんかね? 甘い方がええかな」
「……貰う。甘くなくてもいいわ」
 イクロは仕方ないわね、とでもいいたそうにそれを受け取るとタウの隣に腰を下ろした。要は座るタイミングを図っていたのかと気づくと、タウはにやっと笑ってしまう。
「なによ」
「別に」
「こりゃよいよい。ええ夫婦だわ」
「何言ってるのよこのもうろくジ……!」
 言いかけて、イクロはしゅんっと項垂れた。
「オジイサマ」
「はははは」
 豪快に笑い飛ばす老人を上目遣いに見て、イクロは唸った。
「でも、つまんないこというから悪いのよ!」
「良い子だね、嬢ちゃん。ま、もうろくいわれても仕方ないの。今は庭を育てることだけが取り柄じゃ」
「何、してたんですか?」
 ああ、と老人は笑う。皺皺になった顔が、亡くなったおじいちゃんに似ているとタウは思った。
「種をな、蒔いてたんだよ。やるかい?」
「種」
「これじゃ」
 老人は掌をひろげて見せた。硬くなっているだろう掌の上にちょこんと乗った3つの点。あのヨバルスの種を思い出した。
「いい樹に育つからの」
「これが、あんな風に育つんだね?」
 タウは庭にはえている一本の木をさした。
「そうだ。何年も何十年も何百年もかけての」
「あんな風に育つまでに死んじゃうじゃない」
「はっはっは。そうじゃの。だけどの、自分の植えた命が、自分が死んだ後も生きているというのは面白いとおもわないかの」
「そう、かな? 寂しくない?」
「だがのう。生命を繋ぐためにできた種をな、最高の場所を見つけて植える。いい仕事だろう」
「生命を繋ぐ?」
「……むずかしいかの。ヨバルズシアはわしらとは命が違うと聞くからのう」
「種を作るのは、生命を繋ぐため?」
「人も一緒じゃ。次の世代に命を繋ぐために、子供を産んで育てる。自分の知っていること全てを捧げる。子供はそれに新しい知識を重ねて、次に繋ぐ。そう思うがの」
 ふと老人は悲しい顔をした。
「戦争は駄目じゃな……。全てを断っちまう……」
 しんみりとした雰囲気を噛み締めながらタウは微笑み、手を出す。
「種、僕にもくれる?」
「おおおお、ええぞ。ここに植えるがいい」
「どうしてここなの?」
「ここが1番いい土だからの」
「土が、いい?」
 にんまりと笑って老人は土を手にもつ。
「こうしとればわかる」
 タウは老人の掌の土を触った。
「1日やそこらじゃわからん。だけどわかる日が来る」
 タウは老人の指し示すところに種を入れた。そうしてその上に水を注ぐと老人は息をついて腰をとんとんと叩いた。
「そんじゃあわしは、ちょっと別のところにいかねばならんからな、そろそろ」
「また、話聞いても良いですか」
 タウがキラキラと目を輝かせながらそう言うと、老人はふむふむと頷いた。
「わしはここにおるだろうからな。また来い」
「はいっ」
 イクロの手を取ってタウは駆けていく。イクロがひっぱられながら老人に礼をするのを老人は笑いながら見送った。
「ヨバルズシアか」
 老人は満足そうに笑う。
「やっと、話せるのう……ヨバルスの一枝よぉ」
「宰相!」
 硬い声で呼ばれて、彼は顔を上げた。その顔には先ほどまでの好好爺の趣はない。タウが駆けていった方向とは逆の方から足音が近づいてきた。
「またこのようなことを」
 散らばった園芸用の道具類を見て、仕立てのよい服を着た若者は眉をひそめる。その耳は尖っていて、王家の血をついでいることを示していた。それを老人は鼻で笑った。
「このようなと言っているから、いつまでたってもシロンと話が通じぬのだ」
「マイリ様」
「……土に耳を傾けぬ。それが、この戦争の始まりだと誰も気づかぬ……」
 そのような耳を持っているからだという呟きは空気に溶けこむ。それは風がさらって遠くへ運んでしまった。

 
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