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誓い
 

 露店に無造作に並べられた色取り取りの宝石。夕食の買い物帰りにふと眺めると1番に目に付くのはいつも赤い石だった。
 鮮やかな赤い石。どんなに小さくても目が追ってしまう。
 何故だろうとふと考えたとき、まっさきにあの人の顔が浮かんでくる。そう、小さな頃は。



 ミラールがラントへ行くときは、ランもついて行っていた。別にすることがなくて暇だからだ。そして、ミラールの用が済むまで周辺を散歩をする。おかげでラントの道や店には詳しくなった。そして、その日も賑わいのあるラントの市場をうろうろとしていた。
 ふと前回ラントに着たときに出会った少女のことを思い出す。1人暮しをしているのだと少し寂しげに言う彼女に、また遊びにくるからと約束していたことも同時に思い出した。
(ミラールと一緒の方がいいだろうな)
 ミラールも会いたいだろうし。
 ランは果物の山から目を離し、ふと路上に視線を落とした。
 黒い布の上に無造作になりかけの勢いで並べられた装飾品。その一つに目がすいよせられた。
 爪ほどある赤い石のついた首飾り。それ以外にどの色も排除されたあまりにも無表情な。
「紙一重だ」
 低くてお世辞にも綺麗とは言えない声がかかってきて、ランはその宝石から顔を上げた。
 深い皺が刻まれた老人は、その黒い布を前に座りこんでいる。頭からかぶった布が、彼の表情を隠していた。商売する気がなさそうだが、ランの目にはその前に並べられた宝石のほとんどが、大変価値のあるもののように見えた。
 露店で売るということが、もったいないぐらいに。
 ランは小さな頃から大変価値のある宝石の側で暮らしてきた。だから、その価値を見分けるのは造作も無いことだったりする。
「紙一重?」
「【血】とさ。……おめぇさんもいいもんつけてるな」
 ふと自分の右耳を指す。皺の刻まれた手は、何故かランには好感が持てた。つられるように自分の左耳に手をやり、かちっと指先に当たる感触がして思い出す。
 環に赤い石を一つだけはめた、装飾性のない耳飾。
 ランはその場にしゃがんだ。そして一つ一つを検分するように手に取る。
 蒼い石と白い石の指輪。
「別にそれほどいいもんじゃない。小さい頃からつけてるけどな」
 真実と同時に渡された耳飾。真実を告げられたショックが、ここにこの耳飾を刺す痛みを随分和らげた。いや、覚えていない。
 養い親を慌てさせたかったのか? だが養い親は苦笑しただけだった。
 一緒に育ったミラールは、1人痛そうな顔をしていた。痛いのは俺なのに。
 だからミラールは未だに耳飾が苦手なのかもしれない。絶対に刺したくないと、刺さずに済む耳飾しかつけない。
「赤い石は色が変わるのさ」
 老人はそう言うと、目の前の黒い石の指輪をつまんだ。
「剣士は、つけるもんじゃねぇよ」
 ランはふと顔を上げた。老人は視線を合わそうとせずに、黒い石をランにずいっと差し出す。ランはもっていた指輪を置いて、その指輪を受け取った。
「【血】の赤い石はいけねぇけどよ。赤い石はいつまでも【炎】の色ではいられねぇのさ。血ぃ、吸いたがるからよ」
 老人はそう言うと、傍らに置いた長煙草に手探りで探った。
「そうすりゃ、嫌われる【血】の宝石になる。王様だけがもっちゃ駄目だから、忌まれるわけじゃねぇのさ。
 血ぃ吸ってるからよ。嫌われるのさ」
「赤は駄目か」
「ま、その逆もあるな」
 老人は煙草の煙を吐き出す。
「自分の血、吸わせねぇっていう信念だわな。好きな奴に贈りゃあ、そんな目にはあわせねぇっていう誓いにもなるのさ」
 老人はそう言ってようやく表情らしいものを顔にうかべたようだった。
 唇が歪む。どこか、嘲笑にもにているが、懐かしがるようなものも含まれていた。自分にはこんな笑い方はできないだろうとランが思うのは、そこに刻まれた時の長さの違いか。
 そうやってあんたも贈ったことがあるのかという台詞を飲みこんだ。
 余計なお世話ってやつだ。
「ま、そんな意味も今じゃ知ってる奴ぁいねぇだろ。くたばりぞこないの戯言よ」
「面白い話だけどな」
「ま、おめぇさんの赤は大丈夫だ」
「そっか?」
「そんな予感がするのさ」
 ランは黒い石の指輪を眺めた。
「いい石だろ。おめぇには分かりそうだな」
「ま、な。けど、これいくら?」
「3、5だ」
「350?」
 内心安いと思ったら、老人は枯れ木のように細い手をゆっくりと振った。
「もう一つ0つけろ」
「買えるかよ」
 ランが慌てて老人に返すと、老人は今度は鼻で笑った。
「売ろうなんておもっちゃいねぇよ」
「じゃ、なんで」
「自慢さ」
「商売する気、あんのか?」
 少し怒ったようなランの声に、ねぇよと言うと、老人はくつくつと笑った。
「でも、おめぇが欲しいなら売ってやる」
「客商売って感じじゃないな。これは?」
 最初に見ていた赤い石の首飾りを指すと、老人はまた鼻で笑った。
「それでも赤選ぶのか。ふん、おめぇの恋人は赤い石好きか」
「は? そんなの、いない」
 即答するランに、老人はまたくつくつと笑った。
「正直だなぁ、おめぇ。そういうときは嘘でも『そうだ』って言っとくもんだぞ」
「別に嘘つく必要無いし」
 吐き捨てるようなランの言葉に老人は唇を歪めた。また、嬉しそうに。
「30ルークだ」
「は?」
 老人の言った値段は、ランの見立ての半分以下だ。見立てが間違ったかと不安に成るランに、老人はまた仏頂面になった。
「それで好きな奴ができたら、赤い石贈ってやれや」
「ま、そんなの余計なお世話だけど」
 ランは40ルーク老人に渡すと、赤い石の首飾りを自分の首にかけた。これはセアラへの土産だ。土産が無いと子供のように駄々をこねる自分の養い親への。
「覚えてたらな」
 立ち上がるランを老人は目で追わない。無造作にもらった40ルークを自分の懐にいれ、先ほどまで話していたとは思えぬほどの沈黙と拒絶感を身に漂わせていた。
 そしてランはまた雑踏に紛れて行く。
 また他の店に意識をやったりしているうちに、その記憶は薄れてしまった。



「そういう意味で贈ったんじゃねぇけど」
 赤い石のついた指輪。あいつには似合うと思ったから。
 だけどあのときの老人の話を思い出すと……苦笑してしまう。
 あの老人は元気だろうか。そう思いながら、ランは自分の耳飾に手をやる。
『自分の血、吸わせねぇっていう信念だわな。好きな奴に贈りゃあ、そんな目にはあわせねぇっていう誓いにもなるのさ』
 そして、その耳飾を耳ごと握り締める。
 唇が自然に引き締められ、緑の瞳が青い空を睨みつけた。
 
 そういうことに、してもいいか……。




【あとがき】

2周年記念人気投票で1位を取ったランの小話です。

「イマルーク」の三章目「罪人の歌」を順調に読んでらして、小さなエピソードを覚えてらっしゃる方には、少しにやっとしていただけるのではないかと。
それ以外の方には、読んで頂いてこのエピソードを覚えていただいておいて、「罪人の歌」のあるシーンになったら「にや」っとしていただけると嬉しいな。
あんまり「ラン」の小話ではないのですが。とにかく彼のおもしろいエピソードといえば、全てが本編にからんでしまうんで。



 
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