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                  | 彼岸花 |  
                  |  |   
                  | 小さな赤い花。よくよく見ると小さな赤い花が集まっていて、そこからぴょこんとおひげが伸びる。 茎がすぅっと一本。それに葉っぱはついてなかった。
 少女は小首を傾げてそれを見た。
 綺麗な花。
 母に手を引かれ遊びに来た畑の片隅に、その花を見つけた。近くで母が草を刈る音がする。少女は母を振りかえった。茄子の葉っぱの間から、ひょっこりと母の頭があがり、また葉っぱの間に戻って行った。
 少女は微笑んだ。
 お母さんに見せてあげよう!
 珍しい花、その赤の美しさに少女は手を向けた。
 「祐子!」
 何故か怒鳴られて、少女はびくっと手を引っ込めた。手折ってはいけないんだろうか? 母の怒鳴り声の理由が解らなくて、少女は焦って振りかえる。
 母が茄子の葉の間から顔を出した。怒っているようではないが、難しい顔をしている。
 「祐子、それはさわったらいけん」
 「なんでぇ?」
 母に見せてあげようと思ったのにと、むくれる少女に母は眉を寄せた。
 「なんでってぇ……。昔から、その花折って持って帰ったら、うちから火が出るって言うからなぁ」
 「そんなこと、知らんもん……」
 「だから、折ったらいけんのだで……。見るだけにしときねぇ」
 「……うん」
 少女は手を引っ込めたまま、そこにしゃがみこんで花を見つめた。
 きっと……。
 瞳を輝かしながら、その花を見つめる。
 きっと、このおひげは火花なんだ。
 みんなが見てないときに、火が飛ぶんだ……。
 「お母さん!」
 「なにぃ?」
 「この花、なんていうん?」
 母の答は、少しだけ遅れて帰ってきた。
 「彼岸花って言うんだで」
 「ひがんばな」
 少女はじぃっと赤い花を見つめた。畑の片隅に咲いている一本の花の名前。
 「もうすぐ、彼岸だでな」
 母のつけたしたような言葉を、少女はきちんと聞いてはいなかった。
 火が。出るんだって。
 パチってはじけて火が出るんだで、きっと。
 
 
 
 翔ちゃん、キライ。
 鼻を一生懸命こすって、少女は誰も通らない道を歩く。
 人がいなくてよかった。みんな工場におる時間でよかった。
 おばちゃんに会うと、大きな声で名前を呼んで、どうしたんどうしたんって大事みたいに言うからいや。
 でもどこで見られとるかわからんしけい、どっかに隠れとろう。
 少女は辺りを見まわすと、自分ちの畑に入って行った。1番奥、いちじくの木の下にしゃがみこむ。
 なんで、翔ちゃん、いじわるするんやろ。
 なんで、みぃんないじわるするんやろ?
 お菓子くれへんし。鬼も代わってくれへんし……。
 順番待ってても、変わってくれへん。うちだって、卓球したいのに。
 翔ちゃん、おらへんときは、そんなことせんのに……。
 そのとき道の向こうから2,3人の集団の声が聞こえてきた。少女は身をぎゅっと縮めていちじくの木の陰に隠れた。息を押し殺し様子を見る。何にも気づいて無さそうな3人の人影は、みんなおねえちゃんと同じ服を着ていた。
 ちゅうがくせいか。
 みんな楽しそうに笑っていた。そして、隣の友達を叩いたりしてる。声は、必要以上に楽しそうに聞こえてきた。
 口を両手で抑えて、少女は指の隙間で息を繰り返した。
 ふとそんなとき赤いものが目に入った。
 ぱちっって、音がした。
 
 ひがんばな。
 
 少女はその赤をじぃっと見つめていた。
 (ひがんばなや)
 
 ――花折って持って帰ったら、うちから火が出るって言うからなぁ
 
 火が出るんやで。
 パチってはじけて火が出るんだで、きっと。
 
 少女はしばらくその鮮烈の赤を見つめていた。
 小さな手をふっと上げると、その頼りない細い首を折る。
 赤い花は思ったよりも簡単に、少女の手の中に収まった。
 いちじくの木の陰から抜け出して、走った。
 
 火が出るんやで。
 
 ゆっくりとあるいて、ふらふらとゆれてる中学生を走って追いぬく。
 
 
 火が……うちから火が。
 
 
 目の前が熱い。
 
 (翔ちゃんなんて、いらへん)
 
 
 うちから火が出たら。
 
 
 (翔ちゃん、きっと困るやろな)
 
 
 何度か遊びにきた友達の家。何度かきて、かくれんぼもしたからおうちの勝手口がどこかよくしってる。車庫の位置も。そこやったら、今やったら多分気づかれへん。
 
 車庫に少女はそっと彼岸花を置いた。風も無いのに、首が揺れてた。
 
 
 赤くてぱっとはじけた彼岸花。
 火が、つけばいい。
 
 
 だけど、翔ちゃん……。
 
 少女はじぃっとその赤を見つめた。
 じっと見ていると、目の中で赤色が溜まっていく。
 ぐるぐるぐるぐる。
 ぐるぐる。
 
 揺れた、赤。
 
 (あかん!)
 
 少女はその彼岸花にもう1度手を伸ばした。
 「あれ、ゆうちゃん?」
 
 ぴくりと手が震える。少女は振りかえった。
 あの3人の中学生がこっちを見て立ち止まっていた。
 「やっぱりゆうちゃんや。どうしたんでぇ」
 少女はとっさにその彼岸花を手に取った。そして、駆け出す。
 
 彼岸花、摘んでしもうた。
 火がついたらあかん。
 
 (川や)
 
 水にいれたらええ。
 川に行こう。
 
 
 火なんか、翔ちゃんちについても
 翔ちゃんが困っても
 うれしいない……。
 
 「ゆうちゃん、飛び出たらアブナ……!!」
 重なって貫いた耳を劈く音。そして、目の前で小さな身体が飛んだ。
 
 
 赤い。火花、散ってる。
 違う。
 ひがんばなや
 
 火が。出るんだって。
 パチってはじけて火が出るんだで、きっと。
 
 
 
 赤い背景に落ちた少女の小さな手の先。見開かれた瞳は、赤い火花を映し出していた。
 
 
 
 「かわいそうになぁ。運が悪かったねぇ。こんな田舎道、えらい馬力で運転するもんなんて滅多におらへんのにな」
 「でも、なんで」
 「なんで、走っていったんやろな。昭六さんちの美恵ちゃんやろ。声かけたの」
 「ああ、あのこかぁ」
 「ゆうちゃんも遊んでもらってたのにな」
 「なんや、逃げていったって」
 「彼岸花、持ってたらしいやん」
 「綺麗やから、ロクベイの孫にもっていったろとおもったんちゃうか? ゆうちゃん、花好きだったからなぁ」
 「そりゃ、ロクベイの孫も可愛そうになぁ」
 「だけど、よりによって、彼岸花なぁ。綺麗やけど」
 「あかん、あの花は」
 
 「赤は血を欲しますからね」
 
 「そうやね。ああ、こわこわ」
 「ほんまになぁ」
 
 
 事故現場から警官が立ち去り、小さな身体から出た沢山の血のあともまだ消えぬ頃、一つの手がすっと地面に落ちた彼岸花を拾った。
 赤が生える肌は、白を通り越した青い肌。
 風に揺れていた花を手の中に納めて、長い黒髪の女は歌を歌い始める。
 か細い声はすぐに風にかき消されて行った。ただ、その歌にあわすように彼岸花の赤色だけが揺れていた。
 
 
 とったらあかんよ。
 火が出るからね。
 とったらあかんよ。
 赤は赤に。
 赤は赤を。
 呼ぶからね。
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